身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2007年9月―NO.59

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「んーっ!」 あたりから、驚きと溜息が起こった。
東北の秋の豊かさが、このお土産に見事に凝縮されていた。

中松屋の「饗の山」


中松屋の「饗の山」
中松屋の「饗の山」
(画:森下典子)

 私がお茶を習っている武田先生は、ときどき雑誌や新聞の片隅の記事をチョキチョキと切り抜いては、電話帳の横に置いた大きな茶封筒にひょいと入れる。それらの多くは、おいしい和菓子の紹介記事である。
 お稽古の時、漆塗りの干菓子盆や、蓋付きの菓子器の中から、見たことのない美しい風情のねりきりや饅頭や干菓子が現れ、
「わぁー!」「おいしそう!」
 などと声があがると、武田先生は、
「今朝、松江から届いたばかりよ」
「岐阜から取り寄せたの。このお菓子の名前はね……」
 とか、説明してくださる。茶封筒の中をごそごそさぐっては、デパ地下では手に入らない、地方の町の小さな和菓子屋さんの季節限定の味をたくさん取り寄せ、味わわせてくださった。金沢、長岡、大分、駿河、奈良、仙台……。和菓子の情報はみんな、あの茶封筒の中にあるらしかった。
そういう武田先生を見ているうちに、私は、たくさんの和菓子を知っていることは、たくさんの本や映画を知っているのと同じ、教養の深さなのだと思うようになった。
  先生の影響で、お稽古に来ている生徒たちも、旅行や出張で地方に行ったときには、その土地の和菓子を買ってくるようになった。

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