身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年3月―NO.65

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優しく滋味豊かな、 お豆腐屋さんの良心の味がした。
鎌倉小町の「豆乳パウンドケーキ」


フォーク
フォーク
(画:森下典子)

 買い物から帰ってきた母が、ぶら下げたレジ袋から人参やキュウリを出しながら、
「ねえ、おやつ買ってきたから、お茶入れてよ」
 と、言った。
「おやつ、どれ?」
「これ」
 母は台所のテーブルの上に、野菜と一緒にビニール袋を無造作に放り出した。そのビニール袋に、まるでタマネギか何かのように、マフィンがごろごろ入っていた。
「……」
 私は心の中で(あ〜あ)と、ため息をついた。見ただけで、味がわかる。
 過去の経験上、この手の安手な袋詰めの焼き菓子は、間違いなくおいしくない。ぼそぼそしている。いや、もっとひどい時は、ばさばさなのだ。食べると喉に詰まり、
「バホッ、バホッ」
 と、むせる。慌ててお茶を飲み、目を白黒させながら流し込むことになる。
 中でも、紙カップの上にこんもりと盛りあがった「マフィン」という焼き菓子を、私は一度もおいしいと思ったことがなかった。ぼそぼそしている上に、バター臭さが鼻につき、しつこく甘いのである。まだ袋を開けてもいないのに、私はうんざりした。
「なんでこんなまずい焼き菓子を、それもこんなにごろごろと買ってきたのよお」
 と、文句を言いたいが、言えば母もきっと不機嫌になるから、私は背を向けたまま黙ってお茶を入れ、その安手のマフィンを皿に乗せて卓袱台に出した。
  お茶をすすり、午後のテレビを見ながら、マフィンの紙カップを手で持ち、縁から破いて半分くらいペリペリとはがし、一口かじった。端(はな)から、味に期待などしていない。

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