身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年10月―NO.72

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私と母は、半口食べて、初めての味と触感に、
思わず顔を見合わせ、一斉に言った。
「うわーっ!」 「おいしー!」

ちもとの「八雲もち」


お茶の花
お茶の花
(画:森下典子)

 目黒区八雲。東横線・都立大学駅から徒歩3分の、車の激しく行きかう目黒通り沿いに、料亭のようなしっとりとした佇まいの格子戸の店がある。店の看板は、
「御菓子所ちもと」
 入口にはいつも、大きな枝ぶりの花が活けられている。
 ある日、店の入口で、ふと、その枝先の白いものに気づいた。濃い緑の葉の間に、小ぶりの白い花が咲いている。思わず足が止まった。
(あ、お茶の花……)
 お茶は日本人にとって、最も身近な飲み物であるにもかかわらず、なぜか、お茶の木に花が咲くことは、それほど知られていない。
 お茶の木は、茶畑でなくとも、案外身近にある。住宅街を歩いていると、茶の木の垣根のあるおうちを時々見かける。その緑の垣根に、秋の終わり、爆ぜたポップコーンのような小さな白い花が咲く。よく見ると、黄色い花芯を真ん中に五弁の花びらが咲いて、まるで小さな椿のようである。
 実は、お茶の木は、椿の親戚なのである。だから、お茶の花を見ても、「小さな椿」だと思っている人が少なくないだろう。
「あーっ、うまい!」
「ほっとするね」
  と、私たちが飲んで和むあの緑の液体は、椿の親戚の葉っぱのつゆだということを、この花の形を見るたびに私は思い出す。

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