身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子

2011年4月―NO.99

パリパリとはじける皮の中から、ふわんと香る胡麻の風味……

白松がモナカ本舗の「白松がモナカ」


震災から2週間が過ぎた頃だった。駅のコンコースは節電で薄暗いけれど、たくさんの人が行き交っていた……。暗い通路からデパートに入ると、食糧品売り場はパーっと華やいで、そこだけがいつものにぎやかな景色だった。
 そのデパ地下の一画に特設コーナーがあった。規模は小さいが、なぜか人が吸い寄せられるようにそこへ向かい、積み上げられた商品を、5つ6つと気前よく買う。
「ずんだ餅」「牛タン」「笹かまぼこ」などの看板が見える。宮城県を応援するフェアだった。
 商品が飛ぶように売れて行く……。みんながそれぞれの立場で自分にできることをし、少しでも東北を、日本を、元気づけようとしているのがわかる。その思いで、売り場が熱かった。
 並んでいる看板の中に、私の目に飛び込んできたロゴがあった。
「白松がモナカ」
 その青い看板を見た途端、胡麻の香りが、鼻先をよぎった気がした……。

白松がモナカ本舗の「白松がモナカ」
白松がモナカ

 もう30年も前になるだろうか。大学時代の友だちが仙台のお土産に買ってきてくれたのがそのモナカだった。
 わりと小ぶりで、食べやすい大きさだったこともあり、いくつも食べた。口に入れると、パリパリと皮が軽くはじけ、割れた皮の香ばしさと一緒に、口の中に、こってりした餡の甘みが広がった……。餡の味はいくつかあったが、その中でも秀逸だったのが「胡麻」だった。
 丹念に丹念に擦られた胡麻の粒子を舌が感じ取る。すると、微細な粒子の感触と一緒に、胡麻独特の風味と香ばしさが、よく練り合わされた餡の中から立ちのぼる。滋味深く、賢い味がする。そこにモナカの皮の食感が混じり合い、サクサクと心地よい音をたてながら、口の中に消えて行く。

白松がモナカ白松がモナカ
白松がモナカ
「これ、うまいなぁ……」
 改めて胡麻のモナカを眺めると、皮と皮の隙間に挟まれた餡の色が実に美しかった。墨のように真っ黒い漉し餡。奥深い艶消しの黒がなんだか漆の黒のように思えた。
 それから私は、デパートの銘菓コーナーなどで見かけると、その仙台のモナカを買うようになった。そして、いつも皮と皮の狭間から見える黒い胡麻餡を、しばしねっちりと眺めてから口に入れる……。
 だけど、この仙台のモナカの名前を、私は知らなかった。……いや、何度となく、見てはいたのだが、一体これは商品名なのか? 社名なのか? ずっと不思議に思っていた。
「白松がモナカ」
 どうしてだろう……。「白松モナカ」ではなく、真ん中に「が」が入る。しかも、「白松がモナカ」という6つの文字の中で、「が」の活字だけが明らかに、やや小さい。そして、「モナカ」は片仮名のせいなのか、気持ち大きく見える。これは何を意味しているのだろうか。
 東北新幹線に乗ると、車窓から見える田んぼの中に、「白松がモナカ」の看板が立っている。仙台の七夕祭りや、松島観光に行けば、「白松がモナカ」という看板は、もうそこらじゅうに電柱の数ほど立っていた。それを見るたび、
(どう読んだらいいのかな……。やっぱり、「が」を小さく、「モナカ」を大きく読むべきなのかなあ?)
 と、かすかな戸惑いを覚える。 
 ある時、仙台駅のお土産物売り場で、店員さんに、
「これ、どう読むんですか?」
 と、聞いてみた。すると、店員さんは、きょとんとした顔をして、
「は?『シロマツガモナカ』ですけど……」
 と、まったく抑揚をつけずに一本調子に読んだ。その時、モナカの他にも、「白松がヨーカン」「白松が銅鑼焼」という商品があることを知った。創業者が「白松」という苗字なのだそうで、全ての商品に、「白松が〜」がつくことを知った。つまり、「君が代」「わが家」などの「が」と同じ、接続助詞、所有格の「が」である。
 試しに、活字のサイズの通り、「が」をやや小さく、「モナカ」を気持ち大きめな声で読んでみた……。
白松モナカ
 すると、強い自己主張が感じられる。
「これが、うちのモナカです。是非、食べて見てください」
 という創業者の自信が、ひしひしと伝わって来るのである。
 だから私は、デパートの売り場でこれを買う時も、ついつい活字の大きさに忠実に発音してしまう。
 このたびの、宮城県の応援フェアの時も、私は言った。
「『 白松モナカ 』ください」
  今、胡麻のモナカを食べつつ、この原稿を書いている。パリパリとはじける皮の中から、ふわんと香る胡麻の風味……。渋めの緑茶とすこぶる合う。

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