身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2004年12月―NO.27
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強く甘い果物の精のような香りが、ゆらりと鼻に抜けた。
くらっとするようないい香りだった

不二家の「サバラン」


粘土細工の天使
粘土細工の天使
(画:森下典子)

 先週、友達から赤い封筒が送られてきた。
「楽しいクリスマスを!」
 というメッセージと一緒に、かわいい天使の粘土細工が入っていた。
 お礼のクリスマスカードを書いてポストに向かう道すがら、コンビニに立ち寄って、封筒に貼る切手を買った。その場で貼ろうと、切手の裏を舐めようとした時、さっと、目の前に何かが差し出された。
「お使いください」
 店員さんが差し出してくれたのは、切手の糊を濡らすのに使う事務用の「スポンジ」だった。
「あら、ありがとう!」
 スポンジに切手の裏面を軽く当てた。じゅわーっ、と水がにじんで糊が濡れた。
(あ………!)
 実は私は、この事務用の「スポンジ」というものに愛着を感じている。ふわふわしたスポンジに含まれた水が、じゅわーっ、とにじむ感触が大好きなのだ。それは私にいつも、おいしいものの記憶を思い出させてくれる。
 スポンジを押しながら、出汁のよくしみた高野豆腐を思い出したことがあった。噛むと、じょわーっとつゆが出てくる、あの味と歯ごたえを思って、たまらなくなった。
 使い古され、コシのへたったスポンジを押したら、なんだか無性に「がんもどき」を食べたくなったこともある。
 今回のスポンジは、ちょっと指先で押しただけで、待ってましたとばかりに、水がしみ出た。たくさんの水を吸い込んだ飽和状態の柔らかいスポンジの感触を指先に感じた途端、
(あ………!)
 一瞬、鼻先をふわんと甘い香りが過ぎった気がした。
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