身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年9月―NO.83

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子供の頃は苦手だったのに、
今はピカピカ光る「半殺し」のもち米と甘い餡子の組み合わせが、体にしみる。

サザエ食品の「十勝おはぎ」



サザエ食品の「十勝おはぎ」
(画:森下典子)

 ある雑誌社から、映画の試写を観て感想を書くよう依頼されたのは2006年の初夏。私は小さな試写会に出かけて行った。その映画の題名は『紙屋悦子の青春』といった……。
 物語の舞台は、敗戦の色濃い昭和20年の鹿児島である。ヒロインの紙屋悦子(原田知世)は両親を亡くし、兄夫婦の家に身を寄せて、つつましく暮らしている。
 彼女には心ひそかに慕っている青年がいる。兄の後輩である海軍航空隊の明石少尉だ。ところがある日、彼女に縁談が持ち上がる。その相手は、よりにもよって、明石少尉の親友、長与少尉(永瀬正敏)だった。
 実は、明石少尉も悦子に思いを寄せているが、特攻隊として出撃することが決まったので、思いを胸に秘めたまま、悦子を親友の長与に託そうと、縁談を勧めたのだった。長与は同じ海軍航空隊の整備兵。生き残る確率が高かった。
 見合いの日、悦子の家の庭の桜が咲いていた。明石と長与がやってくると、茶の間の卓袱台の真ん中に、布巾をかぶせた「おはぎ」がてんこ盛りに載っていた。配給の中から節約して大事にとっておいた貴重な小豆と砂糖を使い、悦子は二人の青年をもてなすために「おはぎ」をたくさん作ったのだ。大事な大事な材料でこさえた「おはぎ」と、とっておきの「静岡のお茶」。それが精一杯のもてなしだった。
 てんこ盛りの「おはぎ」を挟んで、誠実で愚直な二人の青年と、美しい女性の、微笑ましくもゆかしいやりとりが、この映画のメインのシーンである。
 悦子が席にいない間に、青年二人はそーっと布巾をめくって見る。
「『おはぎ』たい」
「悦子さんが作ったとなら、間違いなくおいしかたい」
 それでも、悦子がやってくると、やせ我慢して、最初はなかなか手をつけない。
「おはぎ、嫌いだったとですか?」
 と、悦子に言われると、
「好きですたい」
 と、まっしぐらに手を伸ばし、大きな「おはぎ」をまるで飲み込むように食べ始める。1つ食べ終わるや2つめにサッと手を伸ばしかけ、ハッと我に返って手を引っ込めるが、悦子に「どうぞ」と勧められ、安心したように手を伸ばす。
  若者らしいぎこちなさと、コミカルなやりとりに、試写会場のあちこちからクスクスとさざ波のように笑いが起こった。

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