身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2010年11月―NO.96

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干し柿のねっとりとした濃厚な味と、
栗きんとんのもそもそとした素朴な甘みが、口の中で混じり合う……。

満天星一休(どうだんいっきゅう)の「杣の木洩れ日」


満天星一休の「杣の木洩れ日」
満天星一休の「杣の木洩れ日」
(画:森下典子)

 もう18年も前のことになるが、雑誌の取材で「前世」を見てもらったことがあった。その人によると、人間は何回も生まれ変わり、前世はいくつもあるという話だった。私の前世も、少なくとも5回はあるとのことで、その中の1つは「フィレンツェの彫刻家」。他に「中国から渡ってきた僧侶」というのもあった。その僧侶は、鑑真和上の弟子と共に唐から渡ってきて、唐招提寺金堂の造営などに携わって、奈良で亡くなったのだそうだ。
「あなた、柿、好き?」
 唐突にその人は訊いた。
「柿、ですか?」
 目がない、というほどではないけれど、嫌いではない。そう答えると、
「あなたは昔、柿に何度も救われたのよ。食べ物がない時に、柿で渇きを癒してた。いつか奈良へ行ったら是非、柿を食べるといいわ」
 と、その人は言った。
 私は「フィレンツェの彫刻家」だったという前世に心ときめかせたけれど、「僧侶」だった前世には興味がなく、あまり思い出すこともないまま月日が過ぎた。
 仕事で奈良へ行ったのは、その数年後の秋だった。車窓から外を眺めていると、やたらに柿の直売所が目につく。夕陽のように赤い大ぶりの富有柿を見た時、不意に、あの人に言われたことを思い出した。
「奈良へ行ったら是非、柿を食べるといい」
 直売所から買って帰った富有柿は、程よく熟れて、柔らかい弾力があった。果物ナイフを当てると、皮がずるずると剥けた。フォークで一切れ、プスリと刺して口に運ぶ。濃いオレンジ色の肌に歯を立てると、果肉に柔らかく歯茎まで埋まる。太陽を浴びた柿の葉っぱの匂いがプンとしたような気がして、あとは驚くほどに甘い甘い……。
 味はこの色からやって来て、この色もまた味から来るのだろう。今まさに沈もうとしている秋の夕陽のような色の果肉は、太陽に煮詰められたように濃密だった。砂糖の味とは違う天然の甘みがトロ〜リと体に浸み、行き渡る。飲みこむようにぺロリペロリと平らげ、私はびちゃびちゃと濡れた口の周りを、手の甲でぬぐって、
「んまい……」
  と唸り、指までしゃぶった。「うまい」だったのか「あまい」だったのか、たぶん、その両方だ。お菓子のようだ。柿は木になったまま、太陽に煮詰められてお菓子になるのだ。

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