身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子

2014年1月―NO.131

「カリっ!」そうだ。この乾いた音が聞きたかった!

「ガシャ!」と、砕ける、この快感が懐かしい。これぞ私が愛したかりんとうだ。

豆源の「大黒かりんとう」


 建築やインテリアの世界では、近年「和モダン」なるものが流行っている。コンクリートや鉄骨で、無機質になりがちな現代建築に、障子、白壁、畳、竹などの日本的な自然の素材を取り入れて、温もりや懐かしさ加味したものだ。日本らしさがスタイリッシュに見えて、外国人や若者にも好まれるところから、旅館やホテル、飲食店なども、「和モダン」を取り入れている所が多い。

お茶
 それとよく似た現象が、和菓子の世界にも起こっている……。そう感じたのは、先日、久しぶりに新宿のデパ地下の和菓子の売り場を歩いた時である。
 羊羹、最中、お饅頭、串団子、どら焼きなどが、パッと目に入り、浅草の仲見世通りみたいに賑々しいはずの一画が、がらっと様変わりしていた。
「あれ……?」
 と、思った。雰囲気が違う。ガラスケースの中のディスプレイを見ると、口紅のケースの様な細長い美しい箱がずらーっと並んでいる。かわいい色のパフのようなものも見える。アイライナーらしきペンシル状のものもある。
 一瞬、化粧品売り場に立っているような錯覚を覚えた。
(このへんにあった和菓子は、どこに移っちゃったんだろう)
 きょろきょろしながら売り場を何往復もし、そこが以前と同じ和菓子売り場だと気づくのにしばらくかかった。
(これ、和菓子なの?)
 口紅のケースかと見紛うような細長いおしゃれな箱に入っているのは、なんと甘納豆だ。アイライナーに見えた細いペンシルは最中である。羊羹は一口サイズのスティックになっており、あんみつや水羊羹は、ジュレのように、美しいグラスに入っていた。
「デザイナーズ和菓子」とでも呼ぼうか……。こういうモダンでおしゃれな和菓子が、お土産などに喜ばれているという。

 昔ながらの駄菓子である「かりんとう」にも、いつの間にか、その「和モダン」の波がやってきていた……。

豆源の「大黒かりんとう」
 私が子どもの頃、おやつに食べていたかりんとうは、黒糖色で硬く、ごろっと大きくて武骨な菓子だった。形は棒状か、拳骨状。
 齧る時は挑むような気持ちで、大きく口を開け、ペンチでものを挟むみたいに、犬歯か奥歯でがっちり押さえ込み、顔をしかめて、思いきり「ガリっ!」とやる。その瞬間、殻が割れた様な、
「カリっ!」
 という乾いた音、あるいは、板ガラスが砕けたような、
「ガシャ!」
 という破壊音がする。その後は、
「バリバリっ、バリバリっ」
 と、頭の中いっぱいに、ひたすら破壊音が響く。かりんとうを食べている間は、人の話も聞こえず、会話もできない。ただひたすら、メリメリ、バリバリという音に耐え、噛み続ける。
 小麦粉を練って油で揚げ、乾燥させた菓子である。齧ってみれば、内部は鍾乳洞みたいだ。ポコっと大きな穴があいていたり、下から伸びあがるもの、上から垂れ下がるもの、細かい突起やトゲトゲがあったりする。だから、時おり、割れた切っ先が上顎に刺さって痛い思いをすることもある。しかめっ面で、それに耐える。
 やっと音が静まり、食べ終わると口の中と指先に、黒糖の味と風味が残る。
 言ってみれば、ただそれだけの駄菓子なのだ。それなのに、一つ、また一つ、きりなく格闘したくなる。

豆源の「大黒かりんとう」
 そのかりんとうを、最近見ない……。デパ地下の一画を占めている人気のかりんとう専門店を見ると、そこにあるのは、武骨さとは対極的な、小枝のように細いもの、糸のように華奢なもの、霰のように小さいもの……。そして、その種類がまた、数十種類と実に多種多様なのだ。
 抹茶味、きなこ味、イチゴ味、きんぴら、わさび、海苔、カレー、ネギ、醤油、味噌、シナモン、チョコ。丸いの、渦巻き、板状のもの……。そこには、もはや、往年の駄菓子の面影はない。
 このおしゃれで繊細になったかりんとうを、何度か人からいただいた。食べてみると、ポリポリ、サリサリと軽快な音がして、味も実にオツである。テレビを見ながら、雑誌をめくりながら、お酒を飲みながら、いくらでも食べられる。
 おいしいなぁ〜と思う。人気なのがよくわかる。
(だけど……)
 と、私は思う。
(果たして、これが、かりんとうだろうか?)
 噛みごたえがない。おしゃれになりすぎて、別物になってしまった。
 先日、麻布十番にある「豆源」で、「大黒かりんとう」を見つけた。今では少ない武骨なやつだ。ごっつくて、硬くて、それでも、遮二無二挑みたくなる。
 上顎を怪我するかもしれないのを覚悟で、顔をしかめて口を開け、ペンチに挟むように顎に挟んで齧った。
「カリっ!」
 そうだ。この乾いた音が聞きたかった!
「ガシャ!」
 と、砕ける、この快感が懐かしい。
 これぞ私が愛したかりんとうだ。

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