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2018年1月―NO.175

心が甘さに飢えた大人に、上等なラブコメディーのように、
甘い甘い夢を見せてくれる。

メリーチョコレートの「マロングラッセ」

メリーチョコレートの「マロングラッセ」
 三十代半ばまで、「ラブコメディー」と呼ばれるジャンルの映画には興味がなかった。ラブコメディーの何がいいのか、全くわからなかった。ところが、四十代になって変わった。きっかけは、「ノッティングヒルの恋人」という映画だった。
 ヒュー・グラントが演じる冴えない書店主と、ジュリア・ロバーツ演じるハリウッドスターが偶然出会い、ふとしたことから恋が始まる。住む世界の全く違う男女の恋……。仮に、そんな恋があったなら、二人は愛し合っても、結ばれることはない。「ローマの休日」がそうだったように……。
 ところが「ノッティングヒル……」の二人は、何度か行き違いながらも最後は結ばれ、ハッピーエンドで終わる。そこがラブコメディーである。
 こんな非現実的な物語にもかかわらず、この映画は、観客を魅惑し、夢を見せてくれる。その仕掛けになっているのが、エルヴィス・コステロの歌う主題歌「SHE」である。そのロマンチックな曲は、まるで
「さぁ今から腕によりをかけて、あなたに甘い夢を見せてあげましょう」
 と誘いかけてくるようで、美しいメロディーが流れてきた途端、私はもう魔法にでもかかったようにうっとりとなった。そういえば、もう長いこと甘い夢を見ていない。心が甘さに飢えていたのだろう。
 「ノッティングヒル……」を観た後、私はもう一度、ときめくことができるような気がした。大人がラブコメディーを見る理由はこれだと思った。ラブコメディーは、甘さに飢えた大人の、夢のスイーツだったのだ……。

メリーチョコレートの「マロングラッセ」
 大人のスイーツといえば、思い出すお菓子がある。あれは誰が持ってきてくれた手土産だったのだろう。外国語の印刷された洒落た小箱に、幅の広い上等なリボンがかかっていて、母が箱の蓋をあけると、整然と並んだいくつかの金色の包み紙が目に入った。
(チョコレートだ!)
 と、思った。が、どこか様子が違っていた。お土産にもらったお菓子をいつも手渡してくれる母が、なぜかその日は、箱の中をじっと見つめたまま、なかなか私にくれなかった。
 母は、うやうやしい手つきで、箱に並んだ金色の包みを一つつまんで手のひらに受けると、大粒のマスカットの皮でも剥くように、ゆっくり丁寧に包みを開いた。母の厚ぼったくて丸い掌の中で、金色の紙が、花びらのように広げられると、真ん中に褐色の大粒の栗が鎮座していた。それは、殻を割って食べる甘栗とは比べ物にならないほど大きくて、まわりが飴のように濡れ光っていた。
 母は幼い私の方を振り返って、内緒ごとでも打ち明けるように声をひそめ、
「マロングラッセだよ」
 と、囁いた。
「マロン、グラッセ……」
 生まれて初めて聞いたその洋菓子の名は、心に華やかに響いて、まるでフランスの映画女優か、小説のヒロインのようだった。
 母は、親指と人差し指でマロングラッセをつまみあげると、いかにも何か大それたことをして見せるように、大きく開けて一口でそれを頬張った。それから、ゆっくりと口を動かし始め、たちまち蕩けるような表情になって、もったいなさそうに、惜しむように眉を寄せながら、
「う~ん……」
 と、呻いた。母はまるで蜜壺に落っこちた蜂のようだった。うっとりとして幾度も頷きながら、幸せそうに微笑んだ。
 母のその夢見るような表情を見て、私は子供心に、
(きっと、大人の世界には、チョコレートよりも、もっともっとおいしいものがいっぱいあるのだな)
 と、感じた。
メリーチョコレートの「マロングラッセ」
「お前も食べてごらん」
 母は、箱からもう一粒つまみあげると、私の掌にマロングラッセを大事そうに載せてくれた。金色のその包み紙は、大層高価そうで、まるで中に宝石が包まれているようだった。
 包み紙を開いて、中から現れた大きな褐色の栗を口に運ぼうとした時、
「……!」
 突如、鼻の奥を突く香りがむわっとやってきた。(私は還暦をすぎた今も、ブランディーの琥珀色の液体を口に近づけた瞬間、初めてマロングラッセを食べたあの時のことを思い出す)
 そのブランディーの香る大きな栗は、口に含んだ途端、身も蕩けるような糖蜜の甘みと混じり合って、得も言われぬ蠱惑的な味に変わった。シロップがしっとりと浸みこんだ栗の実は軟らかく、噛みしめるたびに、実の食感の中から、芳醇な甘さと香りが立ち上ってくる。私はその香りにくらくらとしながら「マロングラッセ」という名前を胸に刻んだ。
 それから何十年も過ぎたが、マロングラッセは今も私にとって、フランス女優のように華やかで、贅沢な洋菓子だ。買い物帰り、デパートの地下で、マリーチョコレートの売り場の前を通ると、時々、それを一箱買って帰る。心くじけた日、やる気の出ない時、一粒広げて口に入れる。ブランディーと糖蜜のシロップの浸み込んだその甘い甘い大粒の栗のスイーツは、心が甘さに飢えた大人に、上等なラブコメディーのように、甘い甘い夢を見せてくれる。
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