NO.2 - OCTOBER,2002
 ―森下典子 エッセイ―



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●NO.2(2002年10月)

口に入れると、ほのかに香ばしい。
その香ばしさは、一体どの食材から来るのだろう?
まるで秋の森の小道を散策しているみたいな深い気持ちになる


アール・エフ・ワンの「森のきのこサラダ」

 のところ私は、「森のきのこのサラダ」なるものにハマっている。 それを売っているお惣菜屋さんは、洋菓子店かカフェのような洒落た白いタイル張りで、店の前は、にぎわうデパ地下の中でもひときわ人だかりがしている。
 白いタイルの壁に赤・緑・青の三色で店の名前らしきロゴが入っている。その名前を、私はずっと「アールとエフ分の1」と読んでいた。正しくは「アール・エフ・ワン」と読むと、知ったのは、つい先日のことである。
横浜タカシマヤ地下。いつもその前を通り過ぎるだけだったのだが、ある日、「ご試食、いかがですかぁ〜?」
 と、試食用のアルミの小皿が目の前に差し出された。ニコっと笑った白いユニフォーム姿の女の子は菅野美穂に似ていた。
 「これ、森のキノコのサラダです。ココミタケが入っています」
 「……ココミタケ?」
 耳慣れない名前だった。
 「神戸の方で栽培しているキノコです。えーと、これです……」
 彼女は、奉げ持っていた皿の中の茶色い一片をサラダ鋏でちょっとつまんで見せてくれた。キノコの頭がオイルで濡れている。
 「この、なめこに似た大きいのが『ここみ茸』です。でも、なめこみたいにヌルヌルはしてません」
 ファーストフード店の、マニュアルを機械的にペラペラ繰り返す応対とはどこか違う。素人っぽさがなんとなく新鮮だった。
 改めてガラス張りのショーケースの中を眺めると、サラダがズラーッと並んでいた。二十種類以上はあるだろう。一口に「サラダ」と言っても、その守備範囲は驚くほど広かった。葉っぱものやジャガイモのサラダなどの定番から、「さばの竜田揚げ」などの純和風惣菜、ローストビーフ、生ハムなどの欧風惣菜、それに「ベトナム風生春巻き」というエスニック……。漬物、和え物、揚げ物、ラタトゥイユ、マリネなどが、「サラダ」という解釈の下で、同列に並んでいる。
 値札には、カロリーと栄養素、それに「貧血で悩む女性の味方です」「丈夫な歯や骨を作る」などという効能も書いてある。
 店で買う惣菜というと、かつては、ひんやりとした印象と、主婦の手抜きというイメージがあったものだが、このガラスケースに並んでいるサラダは、なぜだかとてもフレッシュで元気に見えた。 色とりどりの豊かな食材を眺めながら、私はふと、イタリアの市場を思い出した。トマトもズッキーニもパプリカも、みんな鮮やかで美しく見える。食材が美しく見えると、その国の日常の暮らしまで、美しく思えるのだ。そして、豊かな国っていいな、と思う。
 アール・エフ・ワンの店先には、そういう鮮やかさがある。だけど、そう見える理由は、素材の質や鮮度、照明やタイルの白さだけではないように思えた。カウンターの向うでテキパキと、サラダを測り売りしている店員さんたちがみんな若いのである。ベテランらしき人も、まだ二十代に見える。ピカピカした肌で、
「ズワイガニのシーフードサラダ、300gグラムですね。……312gになりますが、よろしいですか?」
 なんて、キビキビ立ち働いている。その若さと清潔感が、サラダという商品を新鮮に元気に見せている。
 「この秋のいち押しは、どれ?」
 と聞くと、菅野美穂に似た女の子は、ちょっと、考えて、
 「やっぱり、これです」


アール・エフ・ワンの「森のきのこサラダ」




 女のお勧めの「森のキノコのサラダ」を200g買って帰った。
100グラム390円。サラダとしては決して安くない。しかし、食べてみて、改めてその食材の多さに驚いた。紫色の金時豆、えのき、白インゲン豆、鶏肉、マイタケ、しいたけ、しめじ、カリフラワー、ブロッコリー、ニンジン、くるみ、ここみ茸。かすかに酸味のあるドレッシングがしっとりと和えてあり、口に入れると、ほのかに香ばしい。その香ばしさは、一体どの食材から来るのだろう?
 (マイタケかな……、それともこの鶏肉に付いている皮かな?あるいは、くるみの香ばしさかしら……)
 そんなことを考えながら食材一つ一つを味わっていたら、あっけなく食べきってしまった。ちょっと物足りない気がして、翌日も、そして、そのまた二日後も買って来た。
 このサラダを食べている時、私は口数が少なくなる。赤いニンジン。緑のブロッコリー。紫色の金時豆。白いインゲン豆。ヒラヒラしたマイタケ。あちこちから現れる木の実や、大小さまざまなキノコたち。歯ごたえも、サクサクしたり、しなしなしたり、ゴリゴリしたり、実にとりどりだ。それらを食べながら、まるで秋の森の小道を散策しているみたいな深い気持ちになるのだ。
 その小道は、木枯らしに吹き寄せられた色とりどりの落ち葉に埋まり、しめぼったく濡れている。そこをガサガサと歩くと、落ち葉に混じって、どんぐりがコロコロしているし、道端にはキノコが顔を出している。木漏れ日が差し込み、どこかに香ばしい匂いが立ち込め、体がニコニコと和む。
 あぁ、秋って豊かだ。よし、今日もあれ、買おうっと!
アール・エフ・ワンのページ


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