NO.5 - FEBRUARY,2003
 ―森下典子 エッセイ―



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●NO.5(2003年2月)

温かくて、懐かしくて、
なんだか、自分が受け入れられ、
肯定されているような感覚を覚える
もはや、私の人生の一部になってしまっている

サンヨー食品の「サッポロ一番みそラーメン」

 年で最も寒さの厳しい季節である……。
 こんな時は、コタツにあたりながら、具だくさんの「サッポロ一番みそラーメン」をすすりたい。コクのあるみそ味のスープがからんだ縮れ麺を、フーフー言いながらすすりたい。
 私は、「サッポロ一番みそラーメン」の味噌の香りの湯気をフーフーする時、温かくて、懐かしくて、なんだか、自分が受け入れられ、肯定されているような感覚を覚える。
(あ〜、このままでいいんだな)
 と、ホッとするのだ。
 私が初めて「サッポロ一番みそラーメン」を食べたのは、たしか昭和四十三年、小学校五年生の時だった。それまでにも、即席ラーメンはあったけれど、本当のラーメンとは似ても似つかない食べ物だった。
 即席ラーメンといえば、我が家の二階に下宿していた独身サラリーマン「田中さん」を思い出す。田中さんは、日曜日になると、部屋で一人、即席ラーメンを食べていた。袋の中の乾麺と、シナチクを醤油で煮しめたような真っ黒いものを丼の中に置いて、上からやかんで熱湯を注ぎ、丼に蓋をする。田中さんは、
「三分待つんだ」
 と、おごそかに言った。その「三分」という時間が、子供の私には、なんだか魔法めいて聞こえた。ところが、三分たって丼の蓋を開けると、「味の素」みたいな匂いと、しつこい脂くささがたちこめた。丼の中では、茶色いスープの中で、乾麺が少しほどけかかっていたが、それはラーメンとはほど遠かった。シナチクが妙に黒くてしょっぱそうだった。田中さんは、箸で麺をほぐしながら、ズズッと食べていた。その即席ラーメンは、子供の目にも、どこかわびしく見えた。
 その後、いくつも新しい即席ラーメンが出たけれど、どれも所詮、ラーメン屋さんで食べる、あのラーメンとは「別物」だった。
「サッポロ一番みそラーメン」を初めて食べた日のことは、その丼の色まで、はっきり覚えている。びっくりした。即席ラーメン特有の脂臭さがない。あの麺の細さ。縮れ加減。そして、コクがあるのにさっぱりしている、複雑で奥深い味噌味。小さな袋に入った「七味スパイス」との相性……。
「お母さん、これ、ラーメン屋さんのラーメンよりおいしいよ!」
当時、ビートルズを真似したモンキーズというロックグループがいて、彼らが主演の「ザ・モンキーズ」というドラマをテレビで放送していた。母が作ってくれた「サッポロ一番みそラーメン」を食べながら「ザ・モンキーズ」を見るのが、私の「至福の時」になった。


サンヨー食品の「サッポロ一番みそラーメン」
(画:森下典子)


 中学生になったある日、父親が「碁盤」をもらってきた。我が家では、誰も囲碁や将棋を知らない。父は「五目並べをしよう!」と言った。私が勝負の相手になり、何度も続けて父を負かした。父は躍起になって、
「よし!もう一勝負来い!かあさん、ラーメン作ってよ!」
 と言った。その時、我が家では、「サッポロ一番みそラーメン」に、もやし、ほうれん草、ねぎなどの野菜と、缶詰の粒コーンをたっぷり乗せるのがマイ・ブームだった。父と私は、夜中まで「五目並べ」で激突し続けた。
 受験勉強の時にも、夜食は「サッポロ一番みそラーメン」だった。にんにくはスタミナがつくからと、母は、おろしたにんにくを必ず添えてくれた。これが味噌味とよくマッチしていた。
 大学二年で失恋した日、私は「サッポロ一番みそラーメン」を自分で作って、しゃくりあげながらすすった。
 取材記者の仕事を始めてからも、原稿書きで徹夜した朝、仕事で失敗して落ち込んだ日、「サッポロ一番みそラーメン」を作って食べた。
 豪華にホタテや豚の角煮を入れた日もあるし、具のない「素ラーメン」だった日もある。冷蔵庫の中に、レタス一個しかなくて、千切ったレタスだけ山盛りに入れた日があった。これがシャキシャキして、意外にうまかった。
 親元から独り立ちした日、まだカーテンもないマンションで、最初に作ったのも「サッポロ一番みそラーメン」だった。出来上がったラーメンを丼に移そうと傾けた瞬間、片手鍋の取っ手がスポッと抜け、マンションの床に鍋ごとぶちまけた。
 私は今まで一体、「サッポロ一番みそラーメン」を何袋食べてきたことだろう?それはもはや、私の人生の一部になってしまっている。  私の味覚の中に「サッポロ一番みそラーメン」のための専用の「席」があるのだ。他のラーメンではダメなのだ。
 それは私だけではないらしい。「サッポロ一番みそラーメン」は、日本で一番売れている。なんでも、毎年、日本国民1人あたり三食ずつ食べている計算になるらしい。
 それはつまり、あの味を、同じように懐かしいと感じ、味覚の中に「サッポロ一番みそラーメン」のための専用の「席」を持っている人間が、この日本に多数いるということである。
 それほど、日本人の味覚に染み込んだ「サッポロ一番みそラーメン」を開発したのは、一体どんな人たちなのか、その「プロジェクトX」を見てみたい気がする。
 ともあれ、同じ味を好きな人が、いっぱいいる。そう思うと、私はコクのある味噌の香りの湯気をフーフーしながら、
(ああ、私はひとりぽっちじゃないんだな)
 と、感じる。
「サッポロ一番みそラーメン」は、偉大である。



「サッポロ一番みそラーメン」に良く合う野菜
(画:森下典子)




















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