森下典子 エッセイ

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2003年11月―NO.14

  


ふわふわの「ブタまん」を頬張ると、
自分がものすごく無防備で
幸せそうな顔になるのがわかる
江戸清の「ブタまん」









江戸清の「ブタまん」
(画:森下典子)

 その代表が、江戸清の「ブタまん」である。「1個500円」と聞いてびっくりする人も、あの大きさを目にすれば、納得する。
「ブタまん」は、1個260グラム。どっしりとしている。皮には弾力がある。具は豚肉、タケノコ、キャベツ、エビ、カニなど。一口頬張ると、それらのエキスが混じり合った、複雑な味の汁が、じわーっと染み出てくるのだ。
 うちでは、「ブタまん」は、電子レンジでチンなどしない。たっぷり時間をかけて蒸かす。そのために、専用の竹のせいろを買ってある。
 熱が具の中にちゃんと通り、菜箸がスーッと中心を通るようになるまで、20分はかかる。せいろのまわりにシューシューと湯気がたちのぼる。その湯気の匂いは、ほんのりと甘く、家中にたちこめるのである。
 蒸かしたての、ふわふわの「ブタまん」を頬張ると、自分がものすごく無防備で幸せそうな顔になるのがわかる。鼻に抜けていく湯気の甘い香り……。ふかふかした皮の弾力……。
 その幸福感は何かに似ている。たとえば、幼い頃、取りこんだばかりの乾いた洗濯物の山に、どーんと飛び込んで顔をうずめた時の気持ちだ。暖かい太陽の匂いと、洗いたての清潔な布の匂いに包まれて、
「わぁー、気持ちい〜い!」
 と、思わず声を上げたくなる。
 たとえば、ベランダに干してふっくらした布団だ。その布団に、寝転がると、
「わぁー、ふかふかだー」
 と、布団の上で平泳ぎしたくなる。
 大きく、温かく、柔らかいものに包まれて甘えたい……。「ブタまん」を頬張ると、そんな母胎回帰にも近い原始的な幸福感に満たされるのだ。
 女性の豊かな胸に顔をうずめたいという男性の気持ちが、「ブタまん」にかぶりついた瞬間なら、私にも、よーくわかる。

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