森下典子 エッセイ

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2003年11月―NO.14

  


ふわふわの「ブタまん」を頬張ると、
自分がものすごく無防備で
幸せそうな顔になるのがわかる
江戸清の「ブタまん」













江戸清の「ブタまん」
(画:森下典子)

 そういえば、中華まんじゅうは、どれも、おっぱいの形をしている。「ブタまん」は豊満である。あの大きな胸は「甘えたい」という人間の願望を、優しく受け止めてくれる包容力を感じさせる。
 そして、弾力ある、大きなおっぱいのような皮の向うは、たっぷりとした具の世界である。「ブタまん」の豚肉は甘い香りがする。練りこまれた豚肉の中で、キャベツが脂に濡れ、賽の目に切ったタケノコが時々、ザクザクと音をたてる。エビの身がプリッとし、カニの風味が一瞬、過ぎる。それらが複雑に混じり合った味と香りと歯ごたえで、頭の中がいっぱいになるのだ。
 じわーっと脂がしたたり出て、隙間にたぷたぷとスープがたまり、皮の内側にしみている。この汁のしみた皮もうまい。外側はふかふかのまま、内側にはしっとりと汁がしみているのだ。
 肉や野菜を食べ、スープを飲み、皿に残った汁を、パンできれいにさらって食べるというようなことを、中華まんじゅうは、皿もスプーンも使わず、手だけでOKにしてしまう。なんてよくできている食べ物だろう。
 私は、からしを溶いた醤油を、ちょっとだけつけるのも好きだ。皮の裂け目に、醤油をじわじわとしませる。これまた味に変化が生まれる。皮と肉汁。皮と具。皮と醤油と具。場所をあちこち変えてかぶりつき、味の変化を楽しむ……。「あぁ〜!『ブタまん』食べたい!」
 矢も盾もたまらなくなり、後日、仕事の合間を縫って、バスで中華街に買いに行った。
 東門を入ったあたりから、もう、あちこちの店先で、せいろが白い湯気を吹き上げていた。
 目指す「江戸清」はメインストリートの中ほど近くにある。いつも人で賑わっている通りの中でも、その店の前は、ひときわ混みあっていた。
 軒先に、「ブタまん」「ごまあんまん」「金華フカヒレまん」「エビチリまん」「桃まん」「チャウシュウパオ」「高菜まん」「キムチザーサイまん」……などと、まんじゅうのメニューを書いた紙が、ズラーッと張られ、ヒラヒラしている。その軒下で、巨大なせいろが、もうもうと湯気をたて、店先に長蛇の列ができていた。
 その横で、たった今、「ブタまん」を手にしたカップルが、湯気のたつ、白いふかふかの大きなまんじゅうを見せ合っていた。そして、路上で、その大きなおっぱいに思いきり顔を埋めるように、かぶりつき、
「おいひー」
 と、無防備な顔になった。

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