身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
HOME

 


 
2005年2月―NO.29
  3

スカスカの頼りなさが愛しくて愛しくて、
思い余って、いじめてやりたいような妙な心境になる

ミスタードーナッツの「フレンチクルーラー」


ミスタードーナッツの「フレンチクルーラー」
ミスタードーナッツの「フレンチクルーラー」
(画:森下典子)

 それから数年後、近所にミスタードーナッツが開店した。そして、ある時、「フレンチクルーラー」を食べた……。
 ねじれた縄のような黄色い揚げドーナッツの表面はカリッとして、溶けた砂糖でコーティングされていた。水飴状態の砂糖が垂れて、そのまま固まったらしく、所々にコチンと白い雫が固まっていた。
 ところが、指でつまんで、一口齧った途端、
 フニャッ……!
(あっ!)
 その、肩すかしを食ったような食感が、たまらなく懐かしく、思わず、中をじっと見た。
(シュー皮だ……!)
 表はカリッとしているのに、中は半生のように黄色く、スカスカの空洞だ。
 食べても食べても、パフパフと頼りない。そのスカスカの頼りなさが愛しくて愛しくて、思い余って、いじめてやりたいような妙な心境になる。
 だけど、いじめるように噛んでも噛んでも、表面をコーティングした砂糖の甘みがするだけだ。空気ばかりで、腹に残らない。その空気の軽さがうまいのだ。
 母の洋菓子作りは5、6年続いたが、やがて熱が冷めると、オーブンを使うこともなくなった。2年前、久しぶりにスイッチを入れたら壊れていることがわかり、先日、ガスレンジを交換したのを機会に撤去した。
 母が失敗したシュー皮を食べることは、もう永遠になくなってしまったのだろうか?
 私は時々、ミスタードーナッツに足を運んで、ふくらみそこねたシュー皮の味を偲んでいる。
戻る ミスタードーナッツのホームページ



Copyright 2003-2024 KAJIWARA INC. All right reserved