身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2006年9月―NO.47

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ほっこりした「芋きん」を温め直すと、人恋しくなるような香ばしさがたつ。
その香りを嗅ぐたびに、
私は、風に揺れるススキのようだったシュウちゃんを思い出す。

満願堂の「芋きん」


満願堂の「芋きん」
満願堂の「芋きん」
(画:森下典子)

 涼風が立ち、ほっこりしたものが急に恋しくなる季節……。買い物の帰りに、横浜そごうの地下で、「満願堂の芋きん」を買った。
 「芋きん」は、すなわち「芋のきんつば」である。蒸したサツマイモを裏ごしした芋の餡を、四角く形成し、小麦粉の薄い生地をつけて六面を手早く焼いたもの。
 これの焼きたてが滅法うまいという。だけど、家に持ち帰ると、冷めているから、私はオーブントースターでちょっと温めてから食べる。
 オーブントースターで温めた「芋きん」の、焼き芋のかすかに焦げた皮のような香ばしさを嗅ぐと、私はいつも、台風と「シュウちゃん」を思い出す……。
 あれは4、5年前の、台風の豪雨の後だった。雨樋が壊れ、いつもの屋根屋のおじさんに修理を頼むと、おじさんは見慣れぬ、ひょろりとしたススキのような青年を連れてきた。
「あら、息子さん?」
「いいや。仕事させて欲しいっつうからよ、俺の手伝いさせてんの」
 おじさんがぶっきらぼうに言うと、ススキのような青年は、首の手ぬぐいを取って、物慣れない様子で頭を下げた。
 おじさんは、彼を「シュウ」と呼んでいた。シュウちゃんは、もみあげのあたりが涼やかな「やさ男」で、おとなしかった。
 作業をしながら、おじさんが大きな声で何か言いつけると、
「はい……はい……」
 と、くぐもった声で返事をする。
「お茶の用意ができましたから、どうぞー!」
 母が梯子の上に声をかけ、縁側にまんじゅうとお茶を出すと、おじさんは、みしみしと梯子を降りてきて、大きな尻で縁側にどっかとあぐらをかき、シュウちゃんは、
「いただきます」
 と、頭を下げて、おじさんから少し離れた縁側にちょこっと腰掛けた。おじさんがタバコをふかす横で、シュウちゃんは黙ってまんじゅうを頬張り、茶をすすった。おじさんが手をつけなかったまんじゅうに手を伸ばそうか迷っている様子に、母が、
「どうぞどうぞ食べて。おにいさん、甘いもの好きみたいね」
 と、声をかけると、シュウちゃんは、
「あ、はい」
 と、ボソッと言った。

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