身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2007年1月―NO.51

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真面目で素朴であることは、なんてすてきなことだろう
私は「鳩サブレー」に、由緒正しき焼き菓子の香りを嗅いだ

豊島屋の「鳩サブレー」


豊島屋の「鳩サブレー」
豊島屋の「鳩サブレー」
(画:森下典子)

 やがて、わが一家は横浜に引っ越した。当時は、横浜駅の西口に、大きなデパートができたばかりで、そのデパートを私は、
「たかしやま」
 と、呼んだ。父の会社がお休みの日は、親子3人で「たかしやま」に買いものに出かけるようになり、以来、「かっくまら」には足が遠のいた。
 私の記憶に、はっきりと「鳩サブレー」が登場するのは、昭和30年代の後半から40年ごろだ。うちに遊びに来る人来る人、みんな、お土産に「鳩サブレー」を持ってきた。
 流行っていたのだろうか?
(しかし、神奈川県人に、なぜ神奈川県の銘菓をお土産に持ってきたのか不思議である。それって、東京人へのお土産に「人形焼」や「ナボナ」を買っていくようなものじゃないだろうか? それとも、当時はまだ、「神奈川県の銘菓」として定着していなかったのだろうか?)
 ともあれ、お土産といえば、たいてい「鳩サブレー」だった。いつも大きな缶入りをいただいた。1缶食べきらないうちに、また誰かが新しい「鳩サブレー」の缶を持ってきた。鳩の絵のついた黄色い缶が、いつも家の中にあった。
 その鳩の絵が、今でも目に焼きついている。
 空になった「鳩サブレー」の缶に、母はいつも毛糸やハギレを入れた。そんな缶が、押入れの中にいくつもあった。
  私にとって「鳩サブレー」は、特に食べたいと思わないものになった。それから長い長い年月が過ぎた……。

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