身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2007年8月―NO.58

  3

涼しさ、辛さ、酸っぱさ、甘み……
歯ごたえにうなり、刺激を追いかけ、過激から逃げて安らぎ、また麺をすする
器の中でそれを繰り返し、食べ終わった時の、えもいわれぬ涼やかな満足感……

ぴょんぴょん舎の「盛岡冷麺」


ぴょんぴょん舎の「盛岡冷麺」
ぴょんぴょん舎の「盛岡冷麺」

(画:森下典子)

 以来、あの歯ごたえと味が忘れられなくなった。ところが岩手から帰ってみると、「冷麺」など、どこにも売っていない。実は、盛岡は、日本の冷麺のメッカだったのである。
 私は、濡れた半透明の麺を思い浮かべ、
(ああーっ、冷麺食べたい!)
 と、身悶えた。こうなると、冷やし中華じゃダメなのである。
 大学4年の時、六本木の焼肉店の前で「冷麺」という看板を見た。冷麺が、焼肉のメニューの一つだということをその時知った。けれど当時、焼肉屋というのは、なんとなく若い女一人では入りにくい場所だった。
 積年の思いがかない、私が再び冷麺を口にしたのは、ライターの仕事を始め、編集部のおじさんたちと夜中に焼肉屋に行った時だった。
「これこれ、これが食べたかった!」
 アルミの器から、半透明の麺を引きずり出しながら私は狂喜した。
 あちこちの店で「冷麺」を見るようになったのと、女が入りやすい焼肉店ができてきたのはほぼ同時だった気がする。それから私は、どのくらい焼肉屋で冷麺を食べ歩いただろう。六本木、川崎、赤坂、大阪、ソウル。ある夏などは、一週間に5回、冷麺を食べた。
 あれから30年が過ぎ、冷麺はスーパーでも見かける食べ物になった。
  今、わが家の冷蔵庫に入っているのは、高校生の時、初めて岩手で食べた「ぴょんぴょん舎」の「盛岡冷麺」である。

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