身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2007年9月―NO.59

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「んーっ!」 あたりから、驚きと溜息が起こった。
東北の秋の豊かさが、このお土産に見事に凝縮されていた。

中松屋の「饗の山」


中松屋の「饗の山」
中松屋の「饗の山」
(画:森下典子)

 「先生、ちょっと旅行してきました」
稽古日に、お土産を持参すると、行き先を言わなくても、先生は包み紙を一目見ただけで、にっこりとし、
「あらまあ、ありがとう。博多から何か買ってきてくださったのね」
「北海道はもう紅葉の盛りだったでしょう」
 などと、パッと言い当てたりする。
 私たち生徒は、先生の知らない和菓子を買ってきて、
「あら、どこのお菓子かしら?知らなかったわ。おいしいわね」
 と、感心させてみたい、などと思うのだが、それがなかなか容易でない。
 感心させるどころか、私などは、二十代の頃、大失敗した。……それは8月の猛暑の日に買って帰ったお土産だった。
「あら、京都へ行ってらしたの?どんなお土産を買ってきてくれたの?」
 嬉しそうに箱を開けた先生が、中を見てきょとんとした顔で固まった。
「……」
「?」
「……ねえ、こう言っちゃナンだけど、なにか、涼しげなお菓子はなかったのかしら?8月なんだから……」
 他の生徒たちも、箱の中をのぞいて、くすくす笑った。その瞬間、私は、
「……あ、いけない!」
 と、声をあげた。
 私が買ってきたのは、こんがりと焦げ目のついた栗の和菓子だった。
「あなた、お茶で何を勉強してるの?」
 と、先生に言われ、どっと汗が出た。黙って汗を拭き、私はその言葉に、心の中で答えた。
(はい、そうでした!季節感の勉強です!)
  以来、お茶の教室にお土産を買うときは、季節だけはハズさないよう肝に銘じている。

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