身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年4月―NO.66

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一切れ全部食べ終わったら、
心がふわ〜んと大きな弧を描いて、遠くへ飛んだ気がした

砂田屋の「酒ケーキ」


砂田屋の「酒ケーキ」
砂田屋の「酒ケーキ」
(画:森下典子)

 ピンポ〜ン!
 日曜日の朝、ドアホンの音で起こされた。寝ぐせ頭のまま、ガウンをひっかけ、小走りで玄関に出ると宅配便だった。
「お届けものでーす」
 差出人はSさん。仕事でお世話になっている雑誌の女性編集者である。Sさんは全国のおいしいものをいっぱい知っている。つい数日前にも電話で、お勧めのお菓子について熱っぽく語ってくれたばかりだった。
(そういえば、Sさん、なにか、「それじゃ今度送ります。いっぺん食べてみてください」って、言っていたな……)
 彼女の口調には、並々ならぬ自信がみなぎっていた。それがこの小包らしい。
 さっそく包みを解くと、包装紙にこんな名前が印刷されていた。
「酒ケーキ」
 ずいぶんストレートな名前だ。酒の入っているケーキなのだろう。文字どおりである。
 だが、よくあるブランデーやリキュール入りのケーキとは、どこか趣きが違う。
 添えられた説明を見ると、
「越後、丹波と並ぶ日本三大杜氏の一つ南部杜氏」「人の心に流るる酒」
 とある。
「へぇ〜、日本酒?!」
 私は子供の頃からサヴァランが大好きである。ラム酒の効いたラムボールにも目がない。だけど、日本酒入りのケーキというのは初めてである。一瞬、日本酒とケーキの組み合わせって、どうなの?と思った。
 なにせ、若かりし頃から、日本酒では何度も失敗している。さほど強くもないくせに粋がって飲むのがいけないのだが、日本酒を前にすると、なぜか粋がらずにはいられなくなってしまう癖がある。すぐに酔いが回って、翌日は手痛い目にあう。
 日本酒の罠である。懲りもせずに、その罠に何度もはまった。
「酒ケーキ」の包装紙を解くと中から、なんと、一合枡のパッケージが現れた。
「おっ!」
  日本酒らしさにこだわったデザインが斬新だ。ちょっと腰が引けながらも、また罠にひかれる私である。

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