身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年4月―NO.66

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一切れ全部食べ終わったら、
心がふわ〜んと大きな弧を描いて、遠くへ飛んだ気がした。

砂田屋の「酒ケーキ」


砂田屋の「酒ケーキ」
砂田屋の「酒ケーキ」
(画:森下典子)

 一合枡の中に、金色に輝くフィルムでラップされた包みがすっぽりと納まっている。その金色の包みをパッケージから取り出して、広げた途端、
「おぉ〜っ……」
 私の目に飛び込んできたのは、今まで見たことのないまっ白い肌のケーキである。白くふんわりとしてきめが細かく、透明感があって、しとどに濡れている。
 「酒ケーキ」という焼き印を押した、カステラの表面のような茶色い部分も、雨あがりの苔のようにしっとりとして、軽く指で押せば、じゅーっと一斉に汁がしたたりそうである。
 ハッとさせられるのは、見た目だけではない。包みを広げる前から、もう何かが香り始めた。部屋の中に花が開いたように、強く甘い、あの香りが、もわ〜っと、漂い始めたのだ。
「ん〜!」
 これはブランデーともリキュールとも違う。ガラスのように透明で、とろりとした日本酒の香りの精である。ゆったりと、たゆたう音楽のような香りを嗅ぐだけで、飲んでもいないお酒に心がふわーと浮き上がる。
 その香りの誘惑。私はさっそく食べずにはいられなくなった。
「よーし!『おめざ』と行こう!」

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