身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年6月―NO.68

  3

愛知の麺はデリケートである
芝安の「梅・昆布うどん」


ごちそうさまでした
ごちそうさまでした

(画:森下典子)

「食べやあ食べやあ」
「いただきます」
 一口ツルっと啜って、
「……!」
 何というコシだろう。その歯ごたえ。爽やかな喉ごし。うどんにからむ冷たい昆布出汁と南高梅のエキスの深くやさしい風味……。
「うまいだらぁ?」
 私は声も立てず、黙ったまま強く頷いた。
「あの旦那、見かけによらず、繊細だがや」
 運転手さんの言葉の通り、それはまったく繊細な味だった。
 つるつると麺の方から口に入ってくる。あれよあれよという間にどんぶりが空になり、汁まで残さず、きれいに飲んだ。
「んぁーっ!」
 和紙に水がしみるように、その味が猛暑で疲れた体にちわちわとしみた。風呂の湯に手足を伸ばしたように、身も心もくつろいだ。
 店の名を後日調べたけれど、どうしてもわからない。連れて行ってくれた運転手さんの連絡先もわからない。結局、「幻の店」となった。
 デパ地下のポスターは、愛知県の生麺メーカー「芝安」の「梅・昆布うどん」。
  愛知の麺はデリケートである。

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