身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年2月―NO.76

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風土が生み出した和菓子は、こんなにも洗練されている……。
五郎丸屋の「薄氷」


ぼけの花
ぼけの花
(画:森下典子)

 毎年春先、母は、庭の片隅で浅黄色の蕾が土から頭を出しているのを見つけ、
「あ、バッケだ!」
 と、大喜びする。「バッケ」とは、東北地方の方言で「ふきのとう」のことである。母は、もう50年以上も横浜で暮らし、方言も忘れてしまったのに、なぜか「ふきのとう」のことだけは、今でも「バッケ」と呼ぶ。
 母の故郷は一年の半分、雪に閉ざされている。その長い長い冬が終わる頃、雪の原っぱのあちこちに、ぽつり、ぽつり、と丸く穴が開いたように黒土が現れ、「バッケ」のかわいい蕾が土を押し上げて顔を出す。するともう、駆け寄って雪の上に腹ばいになり、顔を近づけずにはいられない気持ちになると母は言う。
「い〜香りがするんだ〜。思わず頬づりしたい気持ちになるの」
 この話になると、たちまち母の声色に、東北人特有の弾みと、生き生きした抑揚がつく。「バッケ」は、雪国で育った人だけが知る春の歓びらしい。
 小学生時代、学校が長い休みに入ると、私はちょくちょく、その「母の田舎」に遊びに行った。雪を知らない都会っ子にとっては、何といっても冬が圧巻だった。見渡す限り野も山も、白いふとんを分厚くかぶせたようで、どこが道やら田んぼやら、境界線がなくなっていた。家々の屋根にも分厚いふとんがこんもりとかぶさって、まるで「おとぎの国」の森のキノコか、メレンゲ菓子のようだった。
 私のてのひらに天から雪が舞い降りる。その小さな雪の粒を見た時の感動はいまだに忘れない。雪の1つ1つが、6角形の雪の結晶、あの「雪印」マークの形をしていた……。その結晶は、手のひらに2秒ほど止まっては、次々に消えていく。初めて、自分の体温というものを意識した。
  朝、洗面所に行くと、窓ガラスが凍っていた。まるでモミジの葉脈を張り付けたような美しい幾何学模様だった。軒先には、長い氷柱が何本も下がっていた。長いものは1メートル以上もあって、騎士の剣のように鋭く、透明できらきらしていた。北国の真冬にしかない美しいものをいっぱい見た……。

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