身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年2月―NO.76

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風土が生み出した和菓子は、こんなにも洗練されている……。
五郎丸屋の「薄氷」


五郎丸屋の「薄氷」
五郎丸屋の「薄氷」
(画:森下典子)

 学年の変わり目に遊びに行くと、ちょうど「冬」と「春」の境目の季節だった。晴れてぽかぽかと暖かい昼間、軒先からちょろちょろと雪解け水がしたたり、時々、氷柱が落下して軒下に積もった雪に剣ののようにズボッと突き刺さった。松林に覆いかぶさっていた雪は消え、松葉の先からぽたぽたと水滴が降っていた。
 まだらに解けた雪の原っぱに、もうもうと水蒸気が上がっているのが見えた。行ってみると、雪の下から現れた黒土が陽射しを浴びて、蒸し上がった饅頭みたいにほこほこしている。その黒土の下から、黄緑色の菰をかぶった蕾が押し上げていた。私が「バッケ」を見たのは、それが初めてだった。
「春になれば 『すがこ』もとけて
どじょっこだの ふなっこだの
天井がとけたと思うべな」
 の「すがこ」とは、「氷」のことだという。小川の氷は溶けていた。田んぼのあちこちに雪解け水の、ぬかるみや池ができていて、朝になると、その水たまりに頼りないような薄い氷が張る。それは昼までには消えてしまうはかなさだった。
 薄氷の下に水が見える。指先でつつくと、聞こえないくらいのかすかな音をたてて氷は割れた……。
  小学校を卒業すると、学校の勉強が忙しくなり、受験もあって、「母の田舎」は遠くなった。それきり、凍った窓ガラスも、キラキラする氷柱も見ることはなくなった。

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