身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年6月―NO.80

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京都からわざわざやってきた、手のひらで包めるほどの小さい世界。
蛍の光が照らす範囲の小さな美の世界の、この充実感はなんだろう。

末富の「沢辺の蛍」


末富の「沢辺の蛍」
末富の「沢辺の蛍」
(画:森下典子)

 京都から運ばれてきた和菓子は、とろりと光ってみずみずしかった。葛の向こうに霞んで見える緑色の餡は、水辺の草だろうか、それとも蛍の放つ光だろうか。銀の楊枝で押し切って、口に入れる。葛がぷるんと揺れ、冷たい舌触りと、もっちりとした餡の味が混じり合う。
 たった1つで、舌も心も満たされた。
 京都からわざわざやってきた、手のひらで包めるほどの小さい世界。蛍の光が照らす範囲の小さな美の世界の、この充実感はなんだろう。

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