身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2010年7月―NO.92

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どうしても忘れられない「皿うどん」がある。
蘇州林の「皿うどん」


蘇州林の「皿うどん」
蘇州林の「皿うどん」
(画:森下典子)

 一日目の昼、タクシーの運転手さんが教えてくれた中華料理屋に行った。メニューを開くと、
「ちゃんぽん」「皿うどん」
 がドンと並んでいた。横浜にも中華街はあるが、横浜中華街には「ちゃんぽん」や「皿うどん」はない。これぞ長崎の代名詞である。
 「ちゃんぽん」は、具だくさんと太麺が特徴の、豚骨、鶏ガラの汁そばである。「ちゃんぽん」の名前の通り、豚肉、魚介類、野菜などが色もとりどりに混ざり合っている。
 「皿うどん」は、「ちゃんぽん」と同じ具だくさんの餡を揚げ麺に掛けたものだが、どちらにも共通するのは、ピンク色の蒲鉾が入っていることで、このピンク色を見ると、ただでさえ多彩な具材がいっそう賑やかになり、
「あぁ、これが長崎だなぁ〜」
 と思う。
 この「皿うどん」が実にうまかった。エビ、豚肉、イカ、キャベツ、人参、もやし、玉ねぎ、キクラゲ、タケノコ、ピンクのかまぼこなど雑多な具がドロ〜リとした餡になって黄金色の香ばしい揚げ麺にかかっている。その具の隙間からのぞく揚げ麺がおいしそうなのだ。細くて、餡に実によくからむ。ふつうの硬焼きそばだと、麺が上顎に歯向かってくるが、この「皿うどん」は、優しくパリパリとして香ばしく、油の甘みと餡のとろみがうまくからんでうっとりするのである。
 その晩も、「皿うどん」を食べ、次の日の昼にも「皿うどん」を注文した。長崎にいる間に、本場の「皿うどん」をいろいろ味わっておきたくて、最後の日まで、とことん「皿うどん」を食べた。
 どうしても忘れられない「皿うどん」がある。新地中華街の蘇州林の「皿うどん」だ。あの麺の繊細さがたまらない。まるで素麺を揚げたような極細麺である。そこに、とろ〜りとコクのある具だくさんの餡がかかる……。
 餡にまみれた極細麺は、すぐにしんなりと柔らかくなるが、まだ餡のかかっていない麺はパリパリとしている。それらを箸で挟んで口に入れると、しんなりした部分には、コクのある味が浸み、パリパリした部分は、香ばしさが香り立って、口の中でサクサクと心地よい食感になる。しんなりと、サクサク……。どっちも良くて、どっちもうまい。それらが口の中で混ざり合う、えもいわれぬ幸せ……。
  私は時々、あの「皿うどん」を食べに長崎に行きたいと本気で思う。

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