身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
HOME

 


 
2004年3月―NO.18
1  

幸せって、こんなところにあったのか!
幸せって、メロンパンの表面に薄く塗られていたのだ

山崎製パンの「メロンパン」


山崎製パンの「メロンパン」
山崎製パンの「メロンパン」
(画:森下典子)

 子供のころ、母に手を引かれて近所のパン屋さんに行くと、菓子パンの棚が気になって仕方なかった。母がサンドイッチ用の食パンを買ってお金を払っている隙に、私はこっそりと菓子パンの棚の前に行く。すごく気になるパンがあった。私はいつもその丸くて黄色いパンをじっと見た。
 あれほどおいしそうな色をしたパンが、ほかにあるだろうか?それは美しいレモン色をしていた。その色が、子供心に、すごくおしゃれに見えた。大きな網目模様がついていた。パンの表面は、何か塗ってあるのか「かさぶた」のようにゴワゴワとしていて、そのてっぺんはほんのりとキツネ色に焼けていた。そのゴワゴワが、所々、ひび割れている。
(おいしそうだなぁ。きっと甘〜くて、おいしいんだろうな。中はどんなふうになっているんだろう?)
 そのレモン色にそそられて、私はまだ食べたことのない菓子パンの味を空想した。
「ほら、行くよ」
 母の声でわれに返り、手をひかれてパン屋から出てからも私は、「○○ベーカリー」と金文字の書かれた窓の中の、美しいレモン色を振り返った。
 そのパンの名は、「メロンパン」といった。レモン色なのに「メロンパン」。ちっともメロンに似ていないのに「メロンパン」・・。もし、あのパンが「メロンパン」という名前でなかったら、これほどの人気商品になることはなかったと私は思う。
 私がそうだったように、当時の子供は、「メロン」の3文字に弱かった。その3文字を聞いただけで、とろけそうになった。
次へ



Copyright 2003-2024 KAJIWARA INC. All right reserved