身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年8月―NO.70

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十勝産の小豆を丹念に晒したという餡子は
サラサラとして、甘味も抑えられ、実にさっぱりとしている
口の中に、小豆の風味が豊かに香った

徳太樓の「きんつば」



お茶
(画:森下典子)

 話は変わるが、ある日、知り合いからお土産をいただいた。包装紙を解き、箱をあけると、目にも鮮やかな季節の練り切りが並んでいる。
その晩、友達のてっちゃんが遊びに来たので、さっそく、お茶を入れ、その練り切りを一緒に食べた。
「やっぱり、和菓子はきれいだなぁ」
 先に口に入れたのは私だった。当然のように、餡子の味や、豆の風味があって、しっかり、あるいは程よく甘いのだろうと期待していた。
 ところが、
「……」
 和菓子の味がしない。いや別に、辛いとか、しょっぱいとかではないのだが、靄にかすんだような、ぼーっとした遠い味で、餡子はボソボソし、豆の風味もしない。その遠い味から、
(和菓子なんて、だいたいこんな味だろ?)
 とでもいうような、ぞんざいな感じが伝わってくる。一個食べたら、なんだか元気がなくなった。
「これ、おいしくない」
 と言ったら、てっちゃんが、
「またまたー!そんなことないでしょ?すごくきれいで高級そうじゃない?だいたいあんたの舌が贅沢すぎるのよ」
 と、食べ始めた。が、二口食べたところで彼女も「ふーっ」と、溜め息をついて、
「これなら、うちの近所の和菓子屋の饅頭の方がずっとおいしい。高級じゃないけど、ちゃんと丁寧な餡子の味がするし、また食べたいなって思うもん」
 と、言った。
 おいしくないものを食べて、改めて、
(おいしさって、なんだろう?)
 と、思った。
「水羊羹のほどけるような口どけ」
「芋ようかんの気取りのない優しさ」
「鯛焼きの香ばしい皮の香り」
「ずんだ餅の滋養に溢れた枝豆の味」
「本練り羊羹のぎゅっと詰まった充実感」
「竹皮に包まれた栗むし羊羹の香り」
 こういうものを食べる時、私はおいしさに感動するし、心も体もホッと和む。
 そんなことをしゃべっていたら、突然、てっちゃんが言った。
「おいしいものって、味が澄んでるんだよね」
 てっちゃんは時々、ズバッと本質を突く。思わず、私の目から鱗が落ちた。
 そうなのだ!おいしいとは、味が澄んで、濁りがないことなのだ。余計なものをそぎ落とし、ごまかしや嘘のないことだ。人の味覚は、清らかに磨いたきれいな味に感動し、また食べたいと思うのだ……。

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