身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2008年12月―NO.74

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奥の奥から、深〜い味がわいてきて、心と脳に沁みていく。
感情のようなさまざまな味と香りが、分かちがたく混じり合う。

近為の「味噌たくあん」


近為の「味噌たくあん」
近為の「味噌たくあん」
(画:森下典子)

 あれから十年以上たつけれど、私は今も時々、近為の「ぶぶづけ」を食べに門前仲町に行くし、帰りに漬物を買って帰る。近為の漬物の中で、私が最高傑作だと思うのは「味噌たくあん」。
 「たくあん」というのは、どうしてこうも思慮深い味がするのだろう!あのシボシボと寄った縦皺の奥から、噛めば噛むほど味がにじみ出るのだ。 「味噌たくあん」は、それがさらに味噌漬けになっているのだからなお深い。
 私は、まわりの味噌を落としすぎない程度にさっと洗って薄めに切る。断面を見ると芯までこっくりとした飴色に漬かっている。一切れ口に入れ、
「コリコリコリコリ……」
 奥の奥から、深〜い味がわいてきて、心と脳に沁みていく。しょっぱさ、甘さ、香り、コク、発酵臭、太陽の匂い……。感情のようなさまざまな味と香りが、分かちがたく混じり合う。コリコリと齧っていたら、ある時ふと、「味噌たくあん」に逆に心を読まれているような気分になった。人間も長く生きて様々な感情を味わっていけば、この深く漬かったたくあんのような味わいになるのだろうか?

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