身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年3月―NO.77

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鯛焼きって、なんでこんなにうまいんだろう。
どら焼きも、今川焼きも、人形焼きもあるのに、
なぜか鯛焼きでなくてはダメな時があるのだ。 不思議だ……。

新世界の「鯛焼き」


新世界の「鯛焼き」
新世界の「鯛焼き」
(画:森下典子)

 さて、この仲見世のアーケードの中に、「新世界」という鯛焼きの店ができたのは、2、3年前のことだ。最初は「店」というには、あまりにも小規模で、アジア雑貨の店の、小さな出窓で鯛焼きを売っていた。
 昭和とアジアの入り混じった商店街に、「鯛焼き」は妙にマッチしていた。冷たい風の吹く夕方など、仲見世を歩いていると、小さな出窓のところに、いい色に焼き上がった鯛焼きが見える。前を通り過ぎようとすると、焼きたての鯛焼きの皮の、こんがりと温かい甘い匂いがしてくる。その匂いに引き寄せられるように、何度か買った。
 受け取った白い紙袋が、焼きたての鯛焼きの温かさでホカホカする。開いたままの袋の口から、皮の香ばしさが立ち上る。中をのぞくと、鯛焼きの型からはみ出た端っこの褐色の焼き目が、いかにもカリッとしておいしそうで、めくるめくばかりである。
「あ、あーっ……」
 こういう誘惑を前に、私は自制心など持ち合わせない。その場で、白い紙袋からごそごそ取り出し、鯛の尻尾のあたりにかぶりついた。
 縁にはみ出して、こんがり焼けた煎餅状の皮には気泡の穴がいっぱいあって、齧るとカリカリと香ばしく軽い。甘〜い香りが鼻腔をくすぐり、パリパリと砕ける皮と、餡子の優しい甘味が口の中で混じり合う……。もぐもぐと味わいながら、皮に挟まれた紫色の餡子をうっとりと眺め、またハフハフと頬張って、鯛一匹を惜しむように味わい、
(なんで?なんでなの?)
  と思った。鯛焼きって、なんでこんなにうまいんだろう。どら焼きも、今川焼きも、人形焼きもあるのに、なぜか鯛焼きでなくてはダメな時があるのだ。不思議だ……。

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