森下典子 エッセイ

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2003年10月―NO.13

  


お椀一杯なのに、
なんだか湯舟に肩までひたり、
のびのびと手足を伸ばしたような
気分になった。
永谷園の「あさげ」「ゆうげ」







愛用の「お椀と箸」「湯沸しポット」
(画:森下典子)

 今から10年ほど前、雑誌の仕事で、「シンクロ・エナジャイザー」という、ヘンなものを取材したことがあった。
「その、シンクロなんとかって、何ですか?」
 と聞くと、それを輸入している業者は、
「脳の快楽中枢を直接刺激して、脳波を最も深いリラックスの状態にするシステムです」
 と、よどみなくしゃべった。
「人によって、イメージの中にいろいろな映像が現れます。これを使ってニューヨークのアーチストたちは、非常にクリエイティブな状態になるそうです」
 脳波、快楽中枢、アーチスト、クリエイティブ。なじみのない言葉が、ずらずら並んだ。
「とにかく、体験してみてください」
 ヘッドホンと、縁に豆電球のようなもののついた眼鏡をかけさせられ、長椅子に横になった。
 何が始まるのだろうと思っていると、いきなりビートのきいた激しい音楽が鳴り始め、そのリズムに合わせて、光がチカチカした。目はつぶっているが、まぶたを透かして赤や緑や青や、いろいろな光が激しく明滅する。
 私は、そのガンガンする音楽とチカチカする光にさらされながら、「脳波が最も深いリラックス」をして「イメージの中に映像」が現れるのを待った。……が、これといった映像は、何も見えない。
(うるさいなぁ〜。まだ、終わらないのかなぁ)
 と、思いながら、20分間くらい横になっていただろうか。やがて、ふーっと気持ちよくなった。寝入る瞬間の、あの、ふわりと宙に浮いたような感覚である。
 その時、ある「映像」が見えた。黄土色の、もくもくした雲のようなものがある。それをかき回す。すると、黄土色のもくもくが、もわーっと煙のように広がるのである。それを見ながら、ホッと安らぎ、心和むのを感じる……。
「森下さん。お疲れ様でした」
 音楽も光も終わっていた。
「いかがです。何か映像が浮かびましたか?」
「……ええ、黄土色のものが……」
 それが何なのか、わからない。知ってる何かなのに思い出せないのだ。数日後、道を歩いていたら、突然、わかった。
「アッ!味噌汁だ!」

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