森下典子 エッセイ

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2003年10月―NO.13

  


お椀一杯なのに、
なんだか湯舟に肩までひたり、
のびのびと手足を伸ばしたような
気分になった。
永谷園の「あさげ」「ゆうげ」




永谷園の「あさげ」「ゆうげ」
(画:森下典子)

 もの心ついた頃から、私の一日は、母の呼ぶ声で始まった。
「起きなさーい。お味噌汁、おいしくできてるわよー」
 私は寝癖頭のまま台所のテーブルにつき、両手でお椀を持ち、ふうふうと吹いてから、汁を一口吸う。薄味仕立ての程よい味噌味が、温かく体に染みわたる。鰹節のダシの香りが、ふわーんと漂う。それで、はっきり目の奥が覚める。
「なめこと豆腐」「ナスとみょうが」「ワカメとねぎ」「大根と油揚げ」……。日によって具はいろいろだった。
 ご飯やおかずを食べているうちに、お椀の中で、味噌が沈み、黄土色の入道雲になる。箸を入れ、かきまわすと、もくもくと煙のように広がって、味噌汁に戻る……。「映像」は、まさに、それだった!味噌汁のお椀を手にしている時、私の脳波は最も深くリラックスした状態であるらしい。
 ところで、私は、日本人が今日、広く世界に進出できるようになった陰には、永谷園の「あさげ」「ひるげ」「ゆうげ」があるのではないかと睨んでいる。柳屋小さん師匠の、
「これでインスタント?まだ信じられねぇ」
 というセリフで「あさげ」のコマーシャルが流れたのは1974年。日本人の海外旅行が爆発的ブームになったのは、75年以降である。行き先も、韓国、香港、台湾などの近場から、一気に、ヨーロッパやアメリカ大陸まで広がり、期間も「ヨーロッパ周遊10日間」とか「20日間」とか長期化した。

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