身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
HOME

 


 
2004年4月―NO.19
 2 

同じ鋳型にはめて焼いているのに、「おやき」は少しずつ個性が違う
なんだか、人間に似ている

十勝おはぎの「十勝大名おやき」


十勝おはぎ店頭風景
十勝おはぎ店頭風景
(画:森下典子)

 店員さんは、細長い花シャベルのようなものの上に餡子を盛り上げ、もう一方の手に持ったヘラで、花シャベルの上の餡子を、
 スッ、スッ、スッ、スッ、スッ、スッ……
 と、切り取っては、生地の真ん中にこんもりと盛っていく。
 しばらくすると、「○」のくぼみの周囲あたりに、じんわりと色が付き始める。
「あ、もう焼けてきた」
 ガラス越しに見ていた子供が言ったりする。
 店員さんは、再びあの乳搾り器のようなものを手にし、焼け始めた○の一列と平行の、新たなくぼみの一列に、
 チャキ、チャキ、チャキ、チャキ、チャキ……
 と、タネを落としていく。
(へぇ、どうするんだろう……?)
 と、見ていると、今度は手にアイスピックのような尖った棒を持って、餡子を盛った○の縁をスッと突く。すると、焼けた皮がくぼみからツルリと外れる。それを手でクルッと裏返しながら、新たにタネを落としたくぼみの上に、蓋のようにかぶせていく。
 クルッ、クルッ、クルッ、クルッ、クルッ……
全部裏返ってみると、こんがりとキツネ色に焼けた「おやき」の列が並んでいるのだ。思わず「わぁー」と、声があがる。
 我が家は、買い物帰りに、よく「十勝大名おやき」の「粒餡」を買う。「おやき」は、ずしっとして、温泉のようにいつまでも暖かい。
次へ



Copyright 2003-2024 KAJIWARA INC. All right reserved