身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2004年4月―NO.19
  3

同じ鋳型にはめて焼いているのに、「おやき」は少しずつ個性が違う
なんだか、人間に似ている

十勝おはぎの「十勝大名おやき」


十勝おはぎの「十勝大名おやき」
十勝おはぎの「十勝大名おやき」
(画:森下典子)

 ところで、私は「おやき」を食べる時、いつも、皮にじーっと見入ってしまう。あのこんがり焼けた皮には、フツフツと「毛穴」のような気泡の穴があいている。大きな毛穴もあるし、小さな毛穴もあって、一個一個まちまちである。私は子供のころから、この「おやき」の毛穴が妙に好きでならなかった。
 毛穴をよく見ると、ただの穴もあるし、穴の奥に、チラッとあんこ色がのぞけるのもあったりする。皮に上下から蓋をされ、密封された餡子の風味が、小さな毛穴からかすかにもれてくるようである。毛穴を見ているうちに、おいしそうで、おいしそうで、むずむずしてきて、たまらずかぶりつく。 皮がやぶれ、中から、閉じ込められていた餡子の香りが、堰を切ったように広がる。甘すぎない。小豆本来の風味がある。思わず、声にならないため息が出る。
 私は、「おやき」の毛穴だけでなく、蓋と身の合わさり目の、ぐるりの部分もすごく好きだ。そこは、キツネ色に焦げないで、ちょっと黄色っぽさが残っていたりする。キツネ色と黄色のコントラストが、うまそうだ。そして、中身の餡子が、合わさり目から、はみ出しているのもあったりする。
 想像してみて欲しい。もしも、「おやき」が100パーセント同じに焼け、毛穴もなくピターッと平らで、餡子もはみ出ず、表もぐるりも、全部同じ焼け具合だったら……。きっと誰も食べる気にならないだろう。
同じ鋳型にはめて焼いているのに、「おやき」は少しずつ個性が違う。まちまちに毛穴があいて、餡子がはみ出て、焼け色もちょっとずつ違う。そこに、「うまそうだ」と感じる何かがあるのだ。なんだか、人間に似ている。
 ガラスのこっちで見ていた奥さんが、店員さんに声をかけた。
「あのね、3列目の手前のやつ。そうそう、そのよぉく焦げた『おやき』ください」
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