身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2004年9月―NO.24
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その自然で、気取りのない味が
なんだか体にも心にも優しく馴染む気がする

舟和の「芋ようかん」


舟和の「芋ようかん」
舟和の「芋ようかん」
(画:森下典子)

 父は「舟和の芋ようかん」が大好きだった。時々、会社帰りに買ってきては、
(どうだ、おまえたち、嬉しいだろう)
 と言わんばかりの顔で、
「ほうら、舟和の芋ようかんだ!」
 と、紙袋を卓袱台に置いた。
 父は、「芋ようかん」とは言わず、「舟和の……」と、いつも店の名前を付けて呼んだ。「舟和の芋ようかん」は、わが家では1つの単語としてつながったまま使われていた。
 けれど、家族は案外、冷淡だった。
「また舟和の芋ようかん?」
 母は、若い頃から、芋類が苦手で、「胸がやけるから」と、食べなかった。私と弟も、芋より、チョコレートやシュークリームの方が好きな子供時代だった。
 結局、父はいつも、
「かあさん、しぶーいお茶、入れてよ」
 と、一人でいそいそしていた。渋茶をすすりながら、芋ようかんを食べ、
「あー、やっぱり、舟和の芋ようかんは、うまい!」
 と、幸せそうにうめき、付き合って食べている私と弟に向かって、
「どうだ。ん? おまえたちも、舟和の芋ようかんが好きか?」
 と、しつこく相槌を求めた。
 そんな父が他界したのは、今から15年前。私が33歳の時だった。
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