身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2004年9月―NO.24
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その自然で、気取りのない味が
なんだか体にも心にも優しく馴染む気がする

舟和の「芋ようかん」


舟和の「芋ようかん」
舟和の「芋ようかん」
(画:森下典子)

 私と「舟和の芋ようかん」の本当の出会いは、それからさらに数年後のことになる……。秋も深まったある日、一人暮らしの私のマンションに、友達が手土産を持ってやってきた。その紙袋に、見覚えがあった。
「あ、舟和の芋ようかん……」
 子供のころ、父がよく持って帰った紙袋だった。その晩、食事の後で、私はその紙箱をあけた。
(あ、この色……)
 紙箱の中いっぱいに、あの黄色があった。久しぶりだった。サツマイモの黄色。くすんだ和風の黄色。
 その色を見ると、私の脳裏に、なぜか上野の駅前や、浅草の仲見世の景色、それから歌舞伎の舞台の、たて縞模様の定式幕などが、さーっと過ぎるのだった……。
 紙箱の中は6つに切られ、芋ようかんの角が、律儀なほど直角をしている。1本1本の芋ようかんは、「拍子木」のような柱型で、表面がすべすべしている。
 私は、その1本の「拍子木」を2つに切って皿に乗せ、直角の角を、フォークで、斜めに大きく切り、テレビを見ながら、無造作にひょいと口に入れた。
 その途端、
(芋だ!)
 という文字が、くっきりと頭にうかんだ。そりゃ、「芋ようかん」なのだから、初めから、芋に決まっている。けれど、改めて「これは芋だ!」と言わずにいられなかった。それは、「芋よりうまい芋」だった。
 ふかしたサツマイモそのものの、懐かしいほっこり感と自然な甘さが、口いっぱいに広がった。縦2、4センチ、横3センチ、長さ8センチの黄色い拍子木に、サツマイモのうまさが、ぎゅっと凝縮していた。
 ほくほくしたサツマイモのカスが、やがて喉のあたりにぼそぼそと溜まってくる。お茶を飲む。すると、甘みと一緒に、さーっと気持ちよくカスが流されていく。また食べる……。
 そういえば、昔から「イモ、タコ、ナンキン」は、女の3大好物だと言われているが、ナンキン(=カボチャ)も、同じように喉にカスが溜まる。この、ぼそぼそを、お茶で流しながら食べるところに、「実りの秋」を感じた。
 切り分けた残りの半分も食べ、2本目は「拍子木」のまま……。結局、私は、一気に3本食べた。
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