身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2005年1月―NO.28
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黒豆の皮の香ばしさ、黒豆の奥の繊細な甘み
もろもろの養分がぎゅっとつまった充実感、
賢いような、強いような、深いような、「黒豆の命」そのものの味がした

むか新の「丹波黒豆羊羹」


やぶつばき
やぶつばき
(画:森下典子)

 今年も、年初めのお茶の稽古「初釜」が近づいてきた……。初釜の日には、生徒全員が着物で先生の家に集まり、「明けましておめでとうございます」のご挨拶の後、みんなでおせち料理をいただく恒例になっている。そのおせち料理の中に、毎年必ず登場するのが、「黒豆の甘露煮」である。
 二十八年前、お茶を習い始めた直後の初釜の日に、私は(あれ?)と、目を見張った。うちの母が煮た黒豆はもっと小粒で、干しぶどうみたいに皮がシワシワだった。黒豆ってそういうものだと、ずっと思っていた。ところが、先生の家の黒豆は大粒で、オリーブの実のように皮にシワ一つなく、真っ黒くつやつや光っていたのだ。
 おばさんたちも次々に口を開いた。
「先生、この黒豆、どうやって煮たんですか?」
「なんでシワにならないんです?」
 お料理を運びながら、先生が言った。
「豆がちがうの。その黒豆、丹波の篠山から取り寄せたのよ」
「まぁ!これが丹波の黒豆ですか!」
「丹波の黒豆って、有名だものねぇー!」
 おばさんたちがいっせいに声を上げた。
 その黒豆は、芯までふっくらとやわらかく炊けていて、もちもちと弾力があった。豆にからんだ紫色の煮汁はとろりとして、黒蜜のようなコクがあった。むっちりした豆の歯ごたえの中から、何かがぎゅっと凝縮しているような味が染み出てくる。「丹波の黒豆」というブランド名は、その日以来、私の記憶に焼きついた……。
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