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![]() 身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子 |
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2005年3月―NO.30 | |||||
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「さ、冷めないうちに召し上がって」 それを見るなり、ある生徒が言った。 「あっ、人形町の鯛焼きだ。あら、まだ暖かいじゃない。先生、わざわざ今日、人形町までいらしたの?」 「うん、さっき、ちょいとひとっ走りね。」 私は、「鯛焼きなんてみんな同じだろう」くらいにしか思っていなかったから、このやりとりにびっくりし、その「人形町の鯛焼き」なるものを覗き込んだ。 「……!」 一瞬、墨を塗った魚を和紙に写し取った「魚拓」に見えた。 それまで私が見てきた鯛焼きは、じんわりと黄金色に焼けた「どら焼き」と同じ皮だった。しかし、「人形町の鯛焼き」は、皮が白く、あちこち黒焦げていた。いかにも、強火で一気に焼かれた魚である。「手焼き」の味わいだ。私は子供の頃から「お焦げ」が大好きなのだ。 もう一つ目を引かれたのは、鯛焼きのまわりにはみ出た「みみ」である。金型をパタンと蓋した時、皮のタネが、型の隙間からブニュッとはみ出たのだろう。それが、薄焼きせんべいのようにパリッと焼けて、鯛のまわりをぐるりと囲んでいる。鯛焼きの本体はやや小ぶりだが、「みみ」まで入れると、結構大きい。なんだか、「200カイリ経済水域」の地図を思い出した。私は子供の頃から、はみ出した「みみ」の部分が大好きだ。 焼け焦げて、「みみ」のついている鯛焼きを見たら、胃がキューンと仔犬のように切なく鳴いた。 「さあ、冷めないうちに!」 先生に勧められ、手に取った。ほんのり暖かい。「みみ」から齧った。 「パリッ!」 いい音がして、ぷぅーんと焦げ臭い匂いがした。暖かさと香ばしさで、脳の奥まで、ほっとゆるんだ。 断面を見た。 (あ、違う) 今まで食べてきた鯛焼きの皮には、ホットケーキみたいにスポンジ状の穴があって、ふかふかしていた。「人形町の鯛焼き」の皮は、膨らんでいなかった。薄焼きせんべいのようにパリパリと歯ごたえがある。 そのパリパリとした香ばしい皮が破れると、中は、たっぷりの粒餡である。粒餡がもちもちとする。甘みは、決して強くない。噛んでいるうちに、小豆の皮の素朴な味に気づいた。 (そうか、今まで、砂糖の甘みで、小豆本来のうまみがわからなかったのかもしれない) と、思った。本当の煮豆の味がした。 | |||||
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