身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2006年1月―NO.39
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「いやぁー、さすがは伊勢の赤福だ」
と、どこかで父の声が聞こえた気がした

赤福の「赤福」


赤福の「赤福」
赤福の「赤福」
(画:森下典子)

 私は折の蓋を開け、初めて「赤福」を見た。折の中に、波のうねりのようにこんもりとウェーブのついた餡子が並んでいた。うねりの表面がつややかに光っている。やや薄墨がかった紫色のこし餡だった。
「ほら、ヘラが付いてるだろう。それできれいに取るんだ。そうそう」
 こし餡の下の餅はつきたてのように柔らかい。べたつくので折の底をヘラでこそがねばならない。父の采配で皿に取り分け、菓子楊枝に刺して口に入れた。
「…………!」
 それは、なんとも上質で美しい甘さであった。
 砂浜に打ち寄せた波の跡がさーっと消えるように、粉雪がすーっととけるように、こし餡のうっすらとした繊細な甘さが、舌にしみこみ消えていく。見た目はこってりしているのに……。ハッとした。
 つきたての真っ白く滑らかな餅とこし餡がからみあい、もちもちと薄甘く、咽喉の奥に消えて行く。するとたちまち、脳や体に上質な美しい甘さが、行き渡る気がする。
「ん?どうだ、伊勢の赤福は、うまいか」
「うん!」
 女房子供は一斉にうなずいた。
「そうか。もっと食べなさい。どんどん食べなさい。いやぁー、今日は苦労したぁー!」
 父は嬉しそうに声を張り上げた。
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