身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年8月―NO.82

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これが「わらびもち」なら、私が今まで食べてきたのはなんだったんだろう?
こ寿々の「わらびもち」


こ寿々
こ寿々
(画:森下典子)

 うろ覚えな記憶だが、昔、
「色の白いつやつやしたものを食べると、色白の美肌になる」
 という噂を信じて、くずもちばかり食べ続けた娘がいたと聞いたことがあった。信念とはすごいもので、その娘は本当にくずもちのような肌になったそうだ……。

  子供のころ、母の本棚に、竹久夢二の詩集があった。短い詩に、夢二の挿絵がついていて、畳に横座りした着物姿の女が小首をかしげていたり、机に頬杖をついて物思いにふけっていたりした。
 女たちは、皆なよなよと頼りなく、はかなげで、半ば溶けたように何かに寄りかかっていた。寄りかからなければ立っていられないように見えた。どの女も、鶴のように首が細長く、気味が悪いほど肩がなくて、着物からにゅるーりと抜け出てしまいそうである。
 ある時、その詩集を見ていたら、女たちの物憂げな大きな瞳が、恨めしそうにこちらを見つめているような気がしてきたことがあった。私は急にゾーッと鳥肌立ち、詩集を本棚の見えない隅っこにねじ込んでしまった。
 それから夢二の「宵待草」の歌が怖くなった。
「待てど暮らせど来ぬ人を
 宵待草のやるせなさ……」
 母が台所に立って、この歌をうっとりと口ずさみ始めると、幼な心にさみしいような、不安な気持ちが押し寄せた。特に、この後に続く、
「今宵は月も出ぬそうな〜」
 の旋律を聴くと、柳が風でふわりと膨らむようで、心の中が得体のしれない不安でいっぱいになり、思わず母の割烹着の裾にしがみついた。
  だけど、不気味さと美しさは紙一重だった。怖いもの見たさというのだろう、時々、無性に夢二の絵が見たくなり、母の本棚の奥を探した。が、どこへ行ったのか、あの詩集は見当たらなかった……。

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