身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
HOME

 


 

2009年8月―NO.82

  3

これが「わらびもち」なら、私が今まで食べてきたのはなんだったんだろう?
こ寿々の「わらびもち」


こ寿々の「わらびもち」
こ寿々の「わらびもち」
(画:森下典子)

 こ寿々の「わらびもち」は、一切れが大ぶりである。皿に載せ、黒蜜をとろーり、とろーりとまわしかける。もちの上からあふれた黒蜜は、肌を伝ってなだれ落ち、皿の上にたまる。それに黄粉をまぶす。一切れに楊枝をプスリと刺し、楊枝の先に頼りなく引っかかったのを、そーっと口に入れた。
「…………」
(これが「わらびもち」なら、私が今まで食べてきたのはなんだったんだろう?)
 と、思った。へなへなと頼りないもののどこに、こんな歯ごたえがあったのだろう。ふにゃふにゃと正体なく柔らかく、手にも刃物にも、女々しくべたべたとひっつく。そのくせ、ひとたび口に入れ、歯を立てた途端、快い食感に様変わりし、潔く、さわやかに、ひんやりツルンと喉を滑り落ちていった。そして後には、
「あぁ、もう少し食べたい……」
 という未練が残る。
  そのみずみずしく濡れる半透明の肌を思い浮かべ、私は夢二の女を気取って、窓辺にそっともたれかかる。

こ寿々のホームページ 戻る



Copyright 2003-2024 KAJIWARA INC. All right reserved