身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2007年10月―NO.60

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どら焼きが薄い、ということ自体、新鮮な食感だった。
皮も餡子も甘めだが、その薄さゆえに程がいい。

梅花亭の「どら焼き」


中松屋の「饗の山」
梅花亭の「どら焼き」
(画:森下典子)

 私は「どら焼き」を手に取ると、つい、ひっくり返して裏面を眺めてしまう。
 どっちが「表」で、どっちが「裏」か?
 いや、そもそも「どら焼き」に「表」「裏」があるのかどうかわからない。けれど、なんだか両面見たいのである。
 ひっくり返しても、どっちも同じ顔をしたどら焼きもある。が、
(あ、こっちが「表」で、こっちが「裏」だ)
 と、一目でわかるどら焼きがある。
 どちらを返しても均一で、同じ仕上がりのどら焼きよりも、ひっくり返すと違う顔になるどら焼きの方が、私にはなんだかとってもおいしそうに見える。
 一面こんがりと茶色に焼けた「表」に対して、「裏」はちょっと粗雑である。縁の方に焼きむらがあったり、細かい穴が開いていたり、そうかと思うと、逆に分厚い部分や、黒く焦げたところがあったりする。どら焼き自身も、
「あ、やだ。裏は見ないで」
 と、思っているのかもしれない。
 だけど、私は「裏」の方が好きなのだ。焼けむらや、毛穴、薄い縁などをじーっと眺めていると、おいしそうでおいしそうで、次第にいとおしさが募ってくる。
(あ〜、このクレープの端っこみたいな薄〜いところが、おいしそうだなぁ)
(この縁の焼け色もいいなぁ)
 などと思う。
 眺めながら、そのどら焼きが焼かれる様子を想像したりする。
 鉄板の上に、とろーりとまん丸く流したクリーム色の生地から、ふつふつと気泡が騒がしく上って細かい毛穴になる……。餡子が載せられる……。ヘラでくるんと返されると、こんがりした焼き色……。そんな様子が脳裏に浮かび、錯覚なのか現実なのか、鼻先にふわんと甘い香りが漂ってくる。
「ああーっ」
 もう矢も盾もたまらず、どら焼きの縁に、ふるいつく。
 だから、私はたいてい、どら焼きはきれいな「表」ではなく、粗のある「裏」を見ながら食べている。
 先日、長年お世話になっている新聞社の方が、うちに打ち合わせにいらした。手土産を持って来てくださった。
「会社の近くにある古い店なんですけど、ここのどら焼き、ちょっと珍しいんですよ」
 包み紙に、「梅花亭」と書いてある。その包装紙を見たとき、何かがピンときた。いかにも昔ながらの渋い色調の包装紙に、わが道を行く「自信」のようなものを感じた。
 包みを開けて、
「あら!?」
 驚いた。ぺっちゃんこの、薄〜いどら焼きだった。つぶれて、平べったく広がってしまっている……。一瞬、電車の中で押しつぶされたのかしらと思った。
  が、どうやらそうではないらしい。

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