身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2009年12月―NO.85

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辛い時、苦しい時、あの幸せな瞬間の記憶が、「生きていく力」になってくれる。
森永製菓の「ホットケーキミックス」


トラはトラでも「張り子のトラ」
トラはトラでも「張り子のトラ」
(・・・そう言えば、来年は寅年。
来年もどうぞよろしくお願いいたします)
(画:森下典子)

 ……そして、ホットケーキの記憶は、いつももう一つの記憶を一緒に連れてくる。「ちびくろサンボ」である。
 ある日、サンボは両親から新しい洋服や靴や傘をもらい、意気揚々とジャングルに出かける。すると、トラが次々にやってきて、サンボを脅す。サンボは、服も靴も傘もトラに奪われ、裸になって木の上に逃げる。すると、今度はトラ同士が戦利品を奪い合って、木のまわりをぐるぐる回り始める。その隙に、サンボは奪われたものを全部取り返し、トラはぐるぐる回っているうちに溶けてバターになる。サンボ一家は、そのバターでホットケーキをいっぱい焼いて食べた、という物語だ。
 この童話は、20年ほど前、「差別」を理由に絶版になって物議をかもした。(確か、カルピスの看板だった黒人のキャラクターが消えたのも同じ時期だった)
「ちびくろサンボ」は10年ほど前に復刊されたが、私はいまだに「ちびくろサンボ」のどこがイケなかったのか、さっぱり解せない。
 そして、「差別」と批判された理由もわからないが、この童話が言わんとしているメッセージも私にはよくわからないのである。
 きっと、メッセージや「教訓」などはどうでもよくて、ただ、
「トラがバターになる」
 という奇抜な発想が、子供のツボにハマったのだろうと思う。
 トラのバターは素晴らしく想像力を刺激した。そして、実においしそうだった。トラがぐるぐるぐるぐる回っているうちに、やがてドーナツ状につながり、溶けて、美しくトロ〜リと金色に光るのである……。
 私は大人になってから、同世代の何人かの人が、「ちびくろサンボ」の話題になると、
「トラがバターになるんだよね」
 と言い、
「あれが、うまそうでね〜」
  と、頷きながら、とろけそうな顔をするのを見て、それが私たち世代の「共通体験」であるのを感じた。そして、みんなあの頃流行っていた「ホットケーキミックス」でホットケーキを焼いた経験があった。

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