身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2010年12月―NO.97

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ねっとりとした甘みと豆の味が、舌の味蕾を通過して体に染み渡った。
両口屋是清の「干支羊羹」


両口屋是清の「干支羊羹」
両口屋是清の「干支羊羹」
(画:森下典子)

 そんな「○○鉄鋼」や「××金属」という固い名前の会社の中に、愛知県に本社のある鋳物の会社があった。その会社の社長さんは、いつもずっしりと重い和菓子を送ってくれた。「両口屋是清」という名は、私が初めて覚えた老舗和菓子店の名前である。
 母も、その愛知県の会社の社名は覚えなかったのに、
「ああ、あの両口屋是清を送ってくれる社長さんの会社ね」
 と、覚え、いつしかそれが短縮されて、愛知の会社のことを「両口屋さん」と呼ぶようになった。
 父は大酒飲みだったが、食べ盛りの年頃には、大福を一度に18個平らげ、「大福18」というあだ名で呼ばれたというほど甘いものに目がない、いわゆる「両刀使い」だった。
 父はよく愛知県に出張しては「両口屋さん」と、お付き合いいただいたらしく、父の甘いもの好きを知っている「両口屋さん」が、いつも「お年賀」に両口屋是清の和菓子を送ってくださったのだった。
 父の好みは「をちこち」だった。「をちこち」は、粒入りの羊羹をそぼろ状の村雨でサンドイッチのように挟んだ棹物で、父はこれを見ると、いそいそと手を擦り合わせながら、母に、
「ねえ、薄く切らないで、もっと分厚く切ってよ。それから、しぶーいお茶入れて。ぬるいのは駄目ぬるいのは」
 と、指示し、「をちこち」とお茶をいただきながら、「うーん、うまい……」と唸っていた。
 その頃の私は、まだ餡子よりチョコレートの方が好きな小学生だったからだろう。「両口屋さん」が送ってくれた和菓子の味の記憶はない。

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