身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2011年1月―NO.98

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今の日本は、居ながらにして世界中のおいしいパンが食べられる美食の国だ。
その出発点に、あの元町ポンパドウルの、
熱々のバゲットの、ピキッ、ピキッと皮の爆ぜる音があった気がする。

ポンパドウルの「デニッシュペストリー」


トング
トング
(画:森下典子)

 中学・高校の6年間、横浜の山手にある女子校に通っていた。最寄り駅の石川町は、日本一、女学生の乗降客が多い駅として知られていて、ホームは毎朝、制服姿の女の子たちであふれ返った。 学校は外人墓地に近い山の上にあったので、西野坂(別名「フェリス坂」)という200段も続く石段を上らなければならない。十代にとっても、これはけっこうハードな「修行」だった。最初は軽快な足取りでスタスタと上がって行くが、半分過ぎたあたりから脚に重りがついたようにダルくなり、急にスピードが落ちる。最後は、重たい脚を「よっこらしょ、よっこらしょ」と持ち上げながら、やっと上まで辿り着く。この山を上る道は、他にもいくつかルートがあったが、どれも胸突き八丁の急坂か石段で、楽な道はなかった。
 だけど、登校がキツい分、下校は楽しい。私はいつも「代官坂」を、飛ぶように駆けおりた。坂を下るとそこには、お洒落な「元町」が広がっている……。輸入家具、銀食器、レース、皮製品、洋服、洋菓子、カフェ、洋書専門店など、元町は当時から、外国のような商店街だった。
 中でも私が好きなのは、元町の通りの中ほどにあるスーパーマーケット「ユニオン」だった。店先で、おいしいソフトクリームを売っている。先生の目を盗んで、友だちと毎日のようにユニオンのソフトクリームを立ち食いした。
  ユニオンは、商品棚を眺めるだけで胸がワクワクするマーケットだった。輸入食材、洋菓子、輸入雑貨が並んでいて、紙ナフキンやジャムの瓶、どれ1つとっても、日本にはない美しいものばかりだった。日本のマーケットは、魚と漬物の匂いがするけれど、ユニオンの店内には、どこかココアの缶の蓋を開けた瞬間のような香りが漂っていて、私は、そこに外国の暮らしの匂いを嗅いでいた。

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