身近な生活の中のおいしさあれこれを1ヶ月に1度お届けします 森下典子
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2011年1月―NO.98

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今の日本は、居ながらにして世界中のおいしいパンが食べられる美食の国だ。
その出発点に、あの元町ポンパドウルの、
熱々のバゲットの、ピキッ、ピキッと皮の爆ぜる音があった気がする。

ポンパドウルの「デニッシュペストリー」


ポンパドウルのデニッシュペストリー「カフェ」
ポンパドウルのデニッシュペストリー「カフェ」
(画:森下典子)

 あの日、数え切れないほどのパンの中から、私が選んだのは、「ムトン」と「カフェ」だった。……「ムトン」は、サクサクしたパイ生地を編んだ上に、白っぽいピーナッツチョコをたっぷりと掛け、さらにアーモンドスライスを生地が見えなくなるほどまぶした贅沢な菓子パンで、私は見ているだけで目がとろけて流れそうだった。
 そして、「カフェ」は、パイ生地にコーヒーを巻き込み、てっぺんから甘いコーヒーフォンダンをトロ〜リとかけた大人っぽい菓子パン。こういう、バターを何層にも折り込んだ甘いパイ生地の菓子パンのことを、「デニッシュペストリー」ということを、10年くらい後になって知った。
 「ムトン」を口に入れると、サクサクとした乾いた食感と一緒に、薄いパイ皮とアーモンドスライスがパリパリとあたりにはじけ散った。口の中で、まるで秋の並木道を、枯れ葉を踏みしめながら歩くように、サクサクと乾いた音がして、その間に間に、ピーナッツチョコの風味が薫る。こんなに贅沢なのに、軽くてちっともおなかにたまらず、アーモンドとパイの破片だけ残して、夢のようにはかなく消えて行く。
 「カフェ」は、横からかぶりつき、それから巻き込んだパイ生地をはがすように食べた。生地の中から練り込まれたコーヒーの風味が漂い、トロリとかけたコーヒーフォンダンも、かすかにほろ苦く、甘く、「もうちょっと欲しい」と思わせてくれるところに、かえって心が残る。
  あれから40年が過ぎ、今の日本は、居ながらにして世界中のおいしいパンが食べられる美食の国だ。その出発点に、あの元町ポンパドウルの、熱々のバゲットの、ピキッ、ピキッと皮の爆ぜる音があった気がする。

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